January 3, 2023

コレクションを活かす––コロナ禍を経てICOMミュージアム新定義に向き合うこれからの大学博物館

東京大学総合研究博物館インターメディアテク寄付研究部門
特任准教授 寺田鮎美

ICOM日本委員会には、多様なバックグラウンドを持ったミュージアム関係者が所属しています。昨今のミュージアムが取り巻く環境の変化を受け、ICOM会員・会員館が、この未曾有の状況下をどのように据え活動を継続しているのか。「会員レポート:ミュージアムの現場より」と題したコラムとしてお伝えします。

2022年は、筆者にとって、ICOMに関係する忘れがたい二つの出来事に接した年になった。一つは、UMAC(University Museums and Collections/大学博物館とコレクションの国際委員会)が大学博物館とコレクションに関する優れた取り組みを表彰するUMAC Award 2022にて、東京大学総合研究博物館(インターメディアテク)による「蘭花百姿」プロジェクトがSecond Placeとなったことである。このプロジェクトは、東京大学所蔵の植物画コレクションに光を当てた特別展示とその書籍化から成り、われわれの活動が国際的に評価されたことは大いなる励みとなった。もう一つは、ICOMプラハ大会にて、ミュージアムの新定義が提示されたことである。これは、筆者のみならず世界のミュージアムコミュニティにとって重要な節目となるものであろう。本稿では、コロナ禍中に取り組むことになった「蘭花百姿」プロジェクトを中心にインターメディアテクの活動を通じて筆者が経験したこと、そして、それを踏まえ、ICOMミュージアム新定義と大学博物館のこれからについて考えたことを記してみたい。

「蘭花百姿」プロジェクトとは

2021年6月から9月にかけて、東京大学総合研究博物館が日本郵便株式会社と協働で運営するJPタワー学術文化総合ミュージアム「インターメディアテク」(東京・丸の内)にて、特別展示『蘭花百姿––東京大学植物画コレクションより』を開催した(図1、図2、以下本稿の図は東京大学総合研究博物館提供)。

図1、図2 特別展示『蘭花百姿––東京大学植物画コレクションより』風景

東京大学総合研究博物館(1996年開館)は、東京大学の研究教育機関である大学博物館であり、東京大学が1877年の創設以来、研究教育のために収集・蓄積してきたさまざまな分野にまたがる学術標本を整理、保管、研究、公開する役割を担っている。インターメディアテク(2013年開館)は、現在、東京大学総合研究博物館が大学キャンパス外で活動を展開する拠点の一つで、昭和モダニズムを代表する歴史的建築として知られる旧東京中央郵便局舎を保存・改装した商業施設KITTEの2・3階に位置する(図3)。インターメディアテクでは、東京大学の歴史的遺産である学術標本を現代の都市空間のなかで活かすためのデザインの実験となる展示を、広く一般に無料で公開している(図4)。

図3 インターメディアテクの入る旧東京郵便局舎(KITTE)外観
図4 インターメディアテク2階常設展示風景

特別展示『蘭花百姿––東京大学植物画コレクションより』では、学術資料として普段一般の人の目に触れることが少ない、東京大学所蔵の植物画のなかから「蘭」が描かれたものを一堂に集め、ラン科植物標本、蘭の図譜・書籍・写真、花器・植木鉢等と合わせて、計100点超を公開し、蘭という植物の生態を解き明かす自然誌から蘭と関わる人々の営みを捉える文化史までを射程として、「蘭の博物誌」をたどることを試みた。

この特別展示を本格的に準備していた2021年の冬から春にかけて、東京では、コロナ禍による2回目と3回目の緊急事態宣言が続けて発出されていた。ミュージアムも感染症予防のために臨時休館の措置をとることがあった頃である。このような状況のなか、実空間での展示開催と合わせて、「蘭の博物誌」を紙上にて新たに展開し、それを展示会場に足を運ぶことのできなかった人を含め多くの人々の手元に一種のヴァーチャル展示として届けることを目的にした書籍出版を計画したのが、「蘭花百姿」プロジェクトである。

結果的に、本展示のオープンを迎える前にインターメディアテクの臨時休館は解かれたが、会期中の最後まで、まん延防止等重点措置と4回目の緊急事態宣言下にあった。そのため、あまり多くの人に実空間での展示を見に足を運んでもらえないかもしれないという予測はそのまま現実とならざるを得なかった。このことは残念ではあったものの、2022年5月に、特別展示と同名の書籍『蘭花百姿––東京大学植物画コレクションより』を無事に出版することができた(図5、図6)。本書籍では、実空間の展示との差別化を図り、紙上の展示ゆえにできることとして、詳細な図版解説や、文理さまざまな研究者および標本図作家によるエッセイを収載した。

図5、図6 『蘭花百姿––東京大学植物画コレクションより』(東京大学総合研究博物館編、誠文堂新光社、2022年)書影およびラン科植物標本と植物画を掲載したページ

コレクションを見直して活かすために

「コレクションを活かす」––––これこそが、コロナ禍中で「蘭花百姿」プロジェクトを進める時に最も強く意識し、その重要性を再認識した点である。

これまでも、筆者は、コレクションをいかに創造的に活用するかという博物館学の研究課題に関心をもちながら、インターメディアテクの展示やイベントに参画してきた。例えば、筆者が植物画と関わるきっかけとなった特別展示『植物画の黄金時代––英国キュー王立植物園の精華から』(2017年)では、キュー植物園より借用して展示する植物画と組み合わせて、そこに描かれた植物に対応する東京大学所蔵の植物標本の展示を行った。「Play IMT」と題した演劇創作プロジェクトでは、インターメディアテクに展示された東京大学コレクションを着想源にして、『Play IMT 4––プレイグラウンド』(2016年)や『Play IMT 7––インビトウィーン・ワールド』(2017年)など、演出家および俳優らのコラボレイターとともに、ミュージアム空間内にサイトスペシフィックな演劇パフォーマンスを生み出した。2014年より継続する、小中学生を対象とした学校対象教育実験プログラム「アカデミック・アドベンチャー」は、大学生ボランティアのトレーニングと連動した複合教育となっており、子どもたちの展示案内役を務める大学生が、インターメディアテクの展示物のなかから興味をもったコレクションについて調べ、自分なりの観点からその観察のポイントや意味を紹介している。

しかし、「蘭花百姿」プロジェクトを進める際には、コロナ禍による移動の制限により、海外を含む他機関からの展示物の借用も、外部コラボレイターや大学生との密な協働作業も、選択肢から完全に除外せざるを得ない状況にあった。当時の心境は、できることをやろうという当たり前の言葉に尽きる。東京大学総合研究博物館の同僚や東京大学大学院理学系研究科附属植物園の学内協力者と一緒に、企画の中心となる植物画に加えて、「蘭の博物誌」を展開するのにふさわしい資料を東京大学コレクションのなかに探す調査に専心した。振り返ると、「自分たちのコレクションを自分たちで見直して活かす」というミュージアム実践の基本課題の集中特訓に取り組んだようなものであった。

さらに、それらのコレクションについてより多くの人に知ってもらうために、展示企画者としての筆者の言葉をさまざまな手段を用いて発信することにも注力した。インターメディアテクのウェブサイトにて配信している研究者コラム「HAGAKI」に連載した「蘭花百姿」プロジェクト関係の記事(図7)、公式YouTubeチャンネルにて公開している本特別展示の見所紹介の動画、インターメディアテクを耳で楽しむための音声コンテンツを提供するサウンドレイヤー・アプリ「onIMT」のレイヤー「耳で聴く『蘭花百姿』展」は、いずれもリモートでもアクセス可能なツールである(「onIMT」のオフサイトモードは本稿執筆時点でも試験運用を継続中)という点を意識して活用した。

図7 インターメディアテク研究者コラム「HAGAKI」より「蘭花百姿」プロジェクト関係の記事の例

2022年9月から12月まで、インターメディアテクでは、特別公開『独逸医家の風貌』 を開催した。本展示は、東京大学総合研究博物館が所蔵するコレクションより、東京大学医学部の独逸人教師の肖像写真および関連資料約30点で構成され、日本の近代医学の発展に貢献したさまざまな独逸人教師に着目し、独逸医学導入の歴史の一端を振り返るものである。同展の構成展示物のうち、かつて東京大学医学部附属病院内科講堂に掲げられていた独逸人内科学教師の肖像写真3点は、インターメディアテクの常設展示の一部でもある(図8)。また、今日の東京大学キャンパス内に残る独逸医家関係の石碑や銅像などの文化資源にも光を当てた(図9)。

図8、図9 特別公開『独逸医家の風貌』展示風景

本展示企画の構想段階はまだコロナ禍中にあったが、開催の頃にはウィズコロナのミュージアム運営が定着していたといえる。本展示では、展示履歴のある資料やよく知られた資料も多く扱った。そのような資料であっても、解釈とプレゼンテーション次第で、新たにコレクションを活かすことができるのだという考えのもとに本企画を進められたのは、「蘭花百姿」プロジェクトで得た、自分たちのコレクションを見直して活かすという経験値の影響が大きい。いまだささやかな試みに留まっているものの、既存の資料をジェンダーの視点から読み解き、展示にそれを反映するという作業も、筆者にとってはその延長線上にあった。

ミュージアム活動の出発点にある「研究」

コロナ禍の制約下で、ミュージアム活動の基本といえる自分たちのコレクションを集中して見直す時間をもつことができたこと、分野横断的で多種多様な大学コレクションの幅広さと奥行き、そして面白さを改めて知ったことは、筆者にとって得難い経験となった。これを可能とした、東京大学のコレクションの豊富さとそれを築いてきた先人たちに深く感謝するばかりである。

ICOMプラハ大会で採択されたミュージアムの新定義は、今日の社会における博物館の役割の変化に沿った内容となっている。特に、ミュージアムを形容する言葉として用いられた「誰もが利用できる(accessible)」、「包摂的な(inclusive)」、あるいは、ミュージアムが大切にすべき概念として挙げられた「多様性(diversity)」と「持続可能性(sustainability)」といったキーワードがそのことを示しているだろう。

これらの新たなキーワードに加えて、筆者が注目したいのは、ミュージアムの基本機能にあたる動詞が、有形及び無形の遺産の「研究(research)」、「収集(collect)」、「保存(conserve)」、「解釈(interpret)」、「展示(exhibit)」するという順に列挙されている点である。最初に研究が置かれているのは、ミュージアム活動の出発点に研究があるということを意味すると考えられる。この点において、大学の研究教育機関であり、研究をその活動の中核としてきた大学博物館にとって、ミュージアムの新定義はその理念や活動目標に適合するものであり、大学博物館には、研究を出発点にしたミュージアム活動のモデルを示すといった、他のミュージアムを牽引していく役割が今後いっそう求められていくのではないか。

コロナ禍を経て、コレクションを活かすことの重要性を再認識したいま、「解釈(interpret)」というワードにも注目される。これは最終定義案を決める前段階の二つの案AとBを取りまとめる際にどちらにも入れるように調整されたという経緯から、新定義で重要視されたキーワードの一つである。ミュージアムが行う解釈は多義的であり、そこには常に発展可能性が内包されていると考える。

「蘭花百姿」の名で取り組んだ「蘭の博物誌」のテーマは、世界的な分布域の広さを誇る蘭に着目しているために、他の機関との連携によりヴァリエーションを展開していく枠組みとなることを意図していた。コロナ禍にあった構想当時、コロナ後の活動に対する希望を込めて考えたものであったが、UMAC Award 2022のおかげで、当館と同じくSecond Placeとなった、コロンビアのMinuto de Dios Universityに所属するボゴダ現代美術館との縁がつながり、「蘭花百姿」の海外展開の可能性が見えてきた。コロンビアは国花をカトレアの一種(Cattleya trianae)としているほど、蘭にゆかりが深い。まだアイディアの検討段階ではあるが、日本とコロンビアの植物画の描画法の比較など、東京大学の植物画コレクションにも新たな解釈の可能性とさらなる活用の道を拓いていけたらと思う。そして、ミュージアムの新定義に向き合うこれからのミュージアムコミュニティの発展に向けた広い視野をもって、大学博物館の一員として貢献できる活動を展開していきたい。

(てらだ あゆみ)

JPタワー学術文化総合ミュージアム「インターメディアテク」 ウェブサイト