February 4, 2022

コロナ禍、コレクションとデジタル変革が拓く美術館の可能性

[2022.2.4]

大阪市立東洋陶磁美術館 学芸課長代理
小林 仁

昨今のミュージアムが取り巻く環境の変化を受け、ICOM会員である日本のミュージアム関係者の方々が、この未曾有の危機をどのように据え活動を継続しているのか。「会員レポート:ミュージアムの現場より」と題してコラムをお伝えします。

コロナ禍と美術館

コロナ禍は人々や社会にとって大きな変化を否が応でももたらすことになったが、美術館もまた例外ではない。人のいない展示室で感じたのは、美術館は作品とそれを見て楽しむ人々がいて初めて成立するものであるということである。同時に美術館にはコレクションがあるというあたりまえの事実である。コレクションをいかに継承しながら、活かしていくかという美術館本来の取り組みの大切さを再認識した。

臨時休館中あるいは人を集められない中での取り組みとして、デジタル化、動画配信やウェビナー開催などオンラインでの活動がにわかに活発化した。これらは社会で進みつつある「デジタル変革」の潮流を背景としたものであり、コロナ禍が結果的にその大きな推進力になったといえる。大阪市立東洋陶磁美術館(以下、「当館」とする)ではコロナ禍以前よりデジタル化の取り組みを地道に進めてきたこともあり、コロナ禍の取り組みもその延長線上に試行錯誤しつつ行ってきた。こうした取り組みは単にコロナ禍の一時的対応というより、これからの新たな美術館のあり方を考える上で重要な意味をもつものと考える。本稿では当館の取り組みを紹介しながら、美術館のデジタル変革とコレクションの活用ということを中心に、コロナ禍が依然続く今、これからの美術館のあり方についての可能性と展望を探りたい。

美術館にとっての作品画像

当館は、2021年3月26日に「大阪市立東洋陶磁美術館収蔵品画像オープンデータ」を文化庁の支援事業の一環として日英中韓の多言語で公開した(図1、図2)。収蔵品画像のオープンデータ化は欧米やアジア諸国のミュージアムの大きな潮流となっているが、日本では画像の掲載・利用料徴収の伝統も根強く、なかなかハードルが高いのも現実である。そのなかで当館では、申請手続き不要で大容量高精細高解像度画像の利用も可能とした点などに大きな特色がある。1

図1:「収蔵品画像オープンデータ」サイト
図2:国宝「油滴天目茶碗」大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション)
写真:西川茂

多くの人々は実作品以上に、図録や書籍・雑誌、映像、SNSなどを通して作品の画像(動画も含む)に接する回数が多いのでないだろうか。画像は実作品とは違うということは当然だが、だからこそ作品の魅力を伝える媒体としての画像の重要性は大きい。4K・8Kなどの超高精細映像技術をはじめ、デジタルカメラやスマートフォン搭載カメラの高精細化とその普及により、一昔前とは比べ物にならないほど映像関連機器の解像度が上がってきている。当館では一定の条件の下、展示室での作品撮影を可能としているが、スマホで誰もが気軽にお気に入りの作品を撮影して、SNSなどで発信することは作品との現代的な接し方の一つとなっている。

こうした中、コロナ禍ということにかかわらず、作品鑑賞の幅を広げ、精度を高め、理解を深めるための手段としての画像や映像の活用を通して、美術作品を「見る力」を高める、いわば「目の解像度」を上げるための工夫が美術館としては、これまで以上に重要な取り組みといえる。その意味で、美術館が提供する作品画像のクオリティは極めて重要である。ここでいうクオリティとは単に画素数が高ければ良いというだけではなく、むしろより大事な点は色彩や質感の解像度の高さである。美術館の学芸員であれば図録の色校正で苦労した経験は何度もあるはずだろう。実際、書籍・雑誌などの紙媒体のみならずウェブ上には玉石混交様々な画像データが氾濫している状況の中、美術館の提供・公開する画像は、古くなったポジフィルムをスキャンしたようなものではなく、一定のクオリティ以上の画像であるべきだろう。

当館ではコロナ禍の2020年にコレクションを活用した特別展「天目―中国黒釉の美」を開催したが、そこで初めて、色と質感の再現に優れた機器による高精細高解像度の新たな撮影に取り組んだ。国宝「油滴天目茶碗」の撮影画像データを初めて見た時には、これまでに見たことのない多彩な色合いのグラデーションや油滴の斑文の質感、覆輪の金色などの「リアルさ」に思わず鳥肌が立った(図3)。こうした豊富な色表現の画像を活かすため、図録『天目―中国黒釉の美』(中央公論美術出版、2020年)の印刷は通常よりも色再現領域の広い印刷方式を採用した。さらに、展示解説の横に、その印刷画像を置くことにしたが(図4)、しばらく目を凝らして見ていると不思議と多彩な色合いが見えてきたとの声もあり、実際に自身もそのように感じた。こうした画像に見慣れると、これまでの画像では物足りなくなってくる。これがまさに「目の解像度」が上がったということだろう。当初この撮影手法は作品研究の新たなアプローチとして関心をもったものだが、こうしたクオリティの高いデジタル画像は研究のみならず作品の鑑賞においても新たな可能性を拓くものと実感した。当館のオープンデータ化で公開している画像はこの撮影によるものが中心で、画像の豊富な情報量を最大限に体験、活用してもらうためにも大容量データでの提供が必須だったのである。

最新技術の導入自体が目的ではなく、また最新技術であれば何でも良いというわけではない。重要なのは、作品の鑑賞や研究、教育など美術館において有用なツール足り得るかということだ。技術の進歩や時代の変化に併せて、作品の鑑賞や理解を深めるための手段を柔軟かつ迅速に取り入れていく努力が必要ということである。

図3:国宝「油滴天目茶碗」見込み部分
(大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈/安宅コレクション) 写真:西川茂)
図4:国宝「油滴天目茶碗」の展示風景

メタバース時代の美術館

デジタル画像や動画コンテンツをはじめ、ウェブでの公開や配信などの取り組みは、手段であって目的ではない。そうした「点」としての手段を「線」として、さらには「面」として広く展開するため、当館の画像オープンデータや収蔵品検索サイトは、昨年9月に国の分野横断型統合ポータル「ジャパンサーチ」との連携を開始した。また、作品の3Dデータ化についても試験的取り組みや研究を始めたところである。

最近、話題となっているインターネット上の仮想空間「メタバース」は、新たなインターネット時代の到来を感じさせるが、コロナ禍により進んだミュージアムの画像をはじめとしたデジタル化によるその資源はそうした新たなプラットフォームにおいてさらなる利活用の可能性が期待される。臨時休館中のミュージアムでは展示室の3D記録データの公開の動きもしばしば見られ、当館も取り組んだが、今後は利用者が様々な形で参加し、利用者同士が仮想・現実双方向で関われるような仕組みが求められることは、国内外の多くのミュージアムが参加して話題となった任天堂のゲームソフト「あつまれ どうぶつの森」の世界的ヒットからもうかがえる。

仮想空間での美術館の可能性として、実空間の再現を超えて、物理的制約のない展示空間を新たにつくりだせるという利点が挙げられる。つまり、コレクションをいくらでも展示活用することができ、しかも利用者が自ら展示をする仕組みも可能となる。バーチャル展示については当館でも昨年から取り組みを模索してきたところであるが、学芸員にとっても一連の展覧会開催のシミュレーションや国内外との交流など多方面での活用が期待できる。なかでも、教育・学習的活用においてこれまでに以上に美術館の持つ潜在能力が発揮できる手段となると思われる。近年ビジネスにアート的発想が注目されているが、文部科学省が推進しているSTEAM教育に象徴される実社会での問題発見や解決の能力を育む分野横断的な学習にバーチャル展示は親和性が高いといえる。また、美術作品、とりわけ陶磁器の鑑賞は目だけに限らず、五感全体に関わるもので、新たな仮想現実における感覚の補完や代替、さらに拡張は、今後研究の進展が期待される分野だけに、美術館における社会的包摂のさらなる実現につながる可能性が高い。

美術館はコレクションという実作品を中心とすることはいうまでもない。デジタル変革により実作品との出会いの価値や必要性が損なわれるものでないことは、コロナ禍で画面越しでの人々との交流を体験とリアルな交流の価値とは別ものであると、多くの人々が感じたことからも明らかだろう。2025年の大阪・関西万博では「バーチャル万博」が基本計画にあり、それに先立ち都市連動型メタバース「バーチャル大阪」が公開されている。こうしたメタバース時代において、仮想空間は美術館のコレクションを活かす様々な活動の可能性を拓く場となり得るものといえる。

コレクションを活かす

美術館にとってコレクションの継承とは現代に活かし、未来につなげるということである。2021年の文化庁「ARTS for the future!」補助対象事業として開催したコレクション展関連テーマ展示「加彩婦女俑に魅せられて」(2021年9月28日〜12月26日)は、そうしたコレクション活用の当館の新しい取り組みであった(図5)。

当館主要コレクションである安宅コレクションを代表する作品の一つ中国唐時代の「加彩婦女俑」に焦点を当て、ジャンルの異なる3人の現代の作家たちがこの作品をモチーフとして新たな創作に取り組んだ。今回、漆芸やメディアアートなど陶磁器とは異なるジャンルの作家が参加した点、また3Dデータや3Dプリンタ等最新技術を活用し、インタラクティブなメディアアート作品も含んでいた点など、美術館コレクションの活用の新たな可能性を示すものとなった(図6)。

「大好きな婦女俑を新しい角度、視点から見ることができ、とても楽しく、新鮮な感動を得ることが出来ました」、「新鮮だった。今後のこういう展示を見てみたい」、「新しい試みで面白かった」など来館者からの反応も好評であった。コレクションを中心に、多様な人々が参画することで、美術館の根幹となるべきコレクション展示に新たな風を吹き込み、結果としてコレクションの価値を高め、その現代的な意義を多くの人々と共有することの大切さを改めて感じた。作品を中核として人と人が出会い、つながり、何かが生まれる場となることがこれからの美術館の持続可能な活動に不可欠といえる。

図5:「コレクション展関連テーマ展示」デジタルポスター
図6:「コレクション展関連テーマ展示」展示風景

美術館という場の可能性

コロナ禍は実作品との出会いを第一義とする美術館にとって大きな危機であることはいうまでもない。実は、このことはコロナ禍に限った話ではなく、自然災害、気候変動から戦争・テロなどに至るまで、様々な脅威やリスクが常に存在する。だからこそ改めて感じたのは美術館という場の重要性であり、そこに所蔵されるコレクションの大切さだ。美術館が社会問題や環境問題等と決して無縁でなく、様々な社会的な課題に取り組むことの意義は、2019年のICOM京都大会2019に参加して学んだことの一つだが、今回のコロナ禍はそのことをより実感させた。実体としての「場」の限界は、実はコロナ以前でも存在しており、関心の有無は別として美術館に物理的に頻繁に訪れることができない条件や環境の人々が存在しており、来館者に比べればそれは大多数を占めるだろう。その意味で、コロナ禍が加速したデジタル化やインターネット空間での活動は、そうした限界や制約を超える、美術館の新たな「場」の拡張、あるいは創出につながるものといえる。リアルであれバーチャルであれ、美術館の根本がコレクションと人々の出会いの場であることに変わりはなく、コレクションをはじめとした美術館の遺産を守り、継承していくためにも、新しい環境や時代に適用した方法を常に模索していく必要がある。

(こばやし ひとし)

大阪市立東洋陶磁美術館ホームページ


  1. 小林仁「大阪市立東洋陶磁美術館収蔵品画像オープンデータサイト」の公開 ―デジタル画像のオープンデータ化の意義と今後の展望」『アート・ドキュメンテーション学会第14回秋季研究集会予稿集』2021年10月23日