February 24, 2021
100年後に残す現在のモノとコト——コロナ禍における吹田市立博物館の取り組み
[2021.2.24]
吹田市立博物館
五月女賢司
1 .はじめに
大阪府の吹田市立博物館では、2020年2月から新型コロナウイルス感染症に関連する地域資料の収集を行っている。これは、現在のコロナ禍に関連する資料を後世に残す必要性を感じて始めたものである。収集の必要性を感じた大きな理由の一つとして、コロナ禍を受け100年前のスペインかぜに関連する地域資料が吹田市内に残っているかどうか調べたところ、現在の吹田市域に関連する資料については見つけることができなかったということが挙げられる。そのため、「100年後の人々に新型コロナ関連資料を残す」というコンセプトのもと収集を始めた。収集対象には、比較的残りやすい行政系の資料も含めているが、重点的な収集対象としているのは、役割を終えるとすぐに廃棄の対象とされてしまうことの多い日常の経済・社会・文化活動にまつわる資料で、コロナ禍における経験・証言と共に収集している。こうした資料や経験・証言は、人々の生活に密着した新型コロナウイルス感染症にまつわるモノやコトとして、後世の人々が類似のパンデミックに直面した際などに、行政資料や統計データとは違った役割を果たし得る。
2 .収集した資料の内訳
2021年1月15日現在で、計2,843点のモノ資料を収集することができた。内訳は、以下の通りである。
1.各種チラシ
2. ニューズレター(営利組織ほか)
3. ニューズレター(公共施設・非営利組織)
4. 新聞
5. ハガキ・手紙
6. 飲食店関連資料
7. カタログ(営利組織)
8. 医療・保健関連資料
9. 学校関連資料
10. 行政文書
11. 市報
12. 労働組合関連資料
13. 貼紙(営利組織)
14. 貼紙(公共施設・非営利組織)
15. ポスター等(博物館)
16. 立体資料(フェースシールド)
17. 立体資料(マスク)
18. 立体資料(その他)
19. その他
これ以外にも、写真データや資料データなど計1,124点を収集しているが、現在の吹田市立博物館条例や資料寄贈申込書・資料寄託申込書では、デジタルデータの収集・保管・活用は想定されておらず、正式な受け入れができない状態となっている。よって、ひとまず収集はしつつ、現在、新たな時代に合った制度の整備を進めるよう当館館長と相談をしているところである。以下、収集した資料や経験・証言の中から、いくつかを紹介する。
3-1.千里山・小さな食品庫
大阪府吹田市の千里山にある千里寺副住職の武田大信氏は、2020年3月下旬から5月31日まで「千里山・小さな食品庫」を当寺院内に設置した。これは、「給食と近所の子ども食堂が同時期に休止状態になったため、家庭でお腹を空かしている方がいるのではないか、近くの大学の学生はアルバイトが減少したうえ、実家に帰れず、不慣れな土地でお腹を空かしているのではないか、また、元々ぎりぎりで家計をやりくりしていた方々が、今回の騒動で一気に困窮状態に陥っているのではないか」などといった懸念を抱いたことなどがきっかけであったという。
活動開始から数時間後にボックスの中身を確認すると、中身がほぼ空になっていたため、武田氏は活動を継続することにした。また、武田氏自身が用意した食品が底を尽きそうになってきた時、近所の住民が食料を寄付してくれたため、ビラと看板を設置し幅広く寄付を募るようにしたとのことであった。さらに、Amazonの「ほしいものリスト」を公開して寄付を募る活動も同時に展開したという。
図1のボックス(写真手前)は、2020年4月15日から5月31日まで実際に使用されていたものである。山門に設置し、寺の関係者に接することなく中身をいつでも必要なだけ自由に持ち帰ることができるようにするという配慮をしていたとのことであった。
3-2.ガンの入院患者および家族からの提供資料
これらの資料は、危篤患者との面会のために韓国から一時帰国した家族の一人が、2020年6月9日から23日まで2週間の自宅待機を求められた検疫関連書類と、大阪大学の歯学部から医学部に転院した患者と家族らの面会が禁止・制限された際の書類である。患者は帰国した家族が自宅待機中の6月18日にガンで死去した。自宅待機の要請書類「入国される方へ検疫所よりお知らせ」(図2-1)の裏面には、「特に流行している地域」の一つとして韓国が記されている。
本資料の収集は、当館と深いつながりがあり、地域のリーダー格として活躍する市民に幅広い呼び掛けを依頼して実現したものである。当館への寄贈は、患者の死去からわずか2週間後のことであった。
3-3.「自粛警察」関連資料
以下の資料2点は、コロナ禍における人の移動や社会・経済活動の自粛要請下において180度逆の立場・意見を取る人たちによって作り出されたものとして、大変興味深い。これらは直接大阪府吹田市に関連する地域資料ではないが、当館以外に新型コロナ関連資料を収集する国内の博物館が多くない中では、当館が収集し後世に残すことの意義はあるといえよう。
図3の資料は、大阪府吹田市民の友人からの寄贈資料で、「他県ナンバーですが静岡在住です」とある。都道府県をまたいだ移動の自粛が要請されている中、神奈川県と静岡県の両方に職場と自宅があり、コロナ禍においても自家用車で行き来をする必要性があった方が自作したものである。裏面がマグネットで、乗用車に貼り付けることができるようになっている。神奈川県から静岡県に自家用車で向かう途中、静岡県に入る直前に、感染が拡大する地域からの来訪を拒んだり営業自粛などに目を光らせたりする、いわゆる「自粛警察」から自身の身を守るため自家用車に貼ったものである。
図4の資料は、大阪府吹田市の隣町である大阪府豊中市で居酒屋を営む店主から寄贈された“はり紙”で、いわゆる「自粛警察」によって居酒屋の入口に貼られたものである。2020年4月15日午前10時頃、店主の友人から発見の連絡を受けた店主本人が午後1時に確認・回収したという。A4版の紙には「しばらく休業してください!テロ行為です!いいかげんにしてください!許せない!!!!!ふざけるな!!!」とある。寄贈されたのは、発見から約5か月後のことであった。それは、警察に捜査資料として提出する可能性があったことから保管していたものを、5か月経過してその必要性がなくなったと判断したため寄贈に至ったものである。当館の職員がよく利用していた居酒屋であり、顔見知りだからこそ実現した収集といえよう。
4.おわりに
コロナ禍において私たちは、かつてないほど不確実性の大きい社会に向き合うことを余儀なくされている。それは、何が正解で何が不正解なのかは、人それぞれの立場などによってまったく異なるのだという実は至極当たり前のことを、社会全体が再認識する機会になっているのだとも言える。今までの、いわゆる常識や理想が、これからのそれとは限らないのである。不確実性の大きい時代には、より自分の頭で考え判断をすることが求められるようになる。その際の拠り所として、将来新型コロナ関連の資料や経験・証言が有効活用されることもあろう。これまでの収集は、廃棄される危険性を考え、どちらかというとモノ資料に偏っていたが、今後は新型コロナウイルス感染症が拡大し始めてからの人々の苦しみや悲しみなどの経験・証言も、より丁寧に掘り起こすことが、不確実性の大きいこれからの時代に、より強く求められていると言えそうである。
また、新型コロナ関連の資料や経験・証言の収集は、後世の人々に私たちの教訓を伝えるだけでなく、現在の私たちにも示唆を与えるものである。2020年7月から8月にかけて、それまでに収集できた新型コロナ関連資料の展覧会を開催した。アンケート結果では来館者からの高評価が確認できたほか、多くの新聞やテレビニュースをはじめとするマスメディアや国内外の学協会でも発信され注目を集めた。現在のところ、2021年の夏にも新型コロナ展の第二弾を計画している。当館では、近い過去であり、現在進行形でもあるコロナ禍を客観的な視点で見つめるための展示空間の創出にも力を注ぎ、現代社会が抱える課題の発見・解決に資する博物館に近づくよう、今後も取り組みを継続したいと考えている。
(さおとめ・けんじ)