March 23, 2023
「見る」から生まれるもの 鑑賞体験を深めるために 三井記念美術館の取り組み
三井記念美術館
亀井愛
三井記念美術館について
三井記念美術館(以下当館)は、三井家および三井グループに縁の深い東京・日本橋の三井本館(重要文化財)7階に2005年に開館した美術館である。
所蔵する作品は、茶道具、絵画、書跡、刀剣、能面、能装束、調度品など多岐にわたっており、江戸時代以来約350年におよぶ三井家の歴史のなかで収集されたものである。その数は東洋・日本の美術工芸品約4000点、切手は約13万点を数え、《志野茶碗 銘 卯花墻(うのはながき)》、円山応挙筆《雪松図屏風(ゆきまつずびょうぶ)》などの国宝6点のほか、重要文化財75点、重要美術品4点を含む。
常設展はなく、年5 回の展覧会を開催している。開館して17年の美術館だが、1903年、日本橋駿河町の旧三井本館に設置された三井家編纂室に始まる約120年の歴史をもつ公益財団法人三井文庫の文化史研究部門も担っている。
三井記念美術館の教育普及について
2022年12月現在、当館の教育普及事業は、教育普及担当2名と学芸員(研究員)4 名の連携によって行われている。教育普及事業は大きく分けて教育機関向け、ファミリー・こども向け、一般向けに展開しており、特に教育機関、ファミリー・こども向けの活動についてはその実績(取り組み)が認められ、「文部科学省の私立博物館における青少年に対する学習機会の充実に関する基準(1997年文部省告示第54号)第2条(望ましい基準)」を満たしている館として認定されている。コロナ禍前は年間約2,000人の小中学生が来館し、出張授業など、館外で行う事業(活動)を含めると3,000人以上の子供たちが活動に参加した。
鑑賞体験を深めるために
教育普及事業において美術館での重要な体験は2つある。
まず、ひとつは美術館全体を空間として楽しむ体験である。日常から離れて、心をリフレッシュする空間を提供できるのが美術館でもある。時には敷居が高いと言われることもあるが、その空間の非日常性が私たちに豊かな時間を与えることがあり、そうした魅力を親しみやすさとともに伝えることが重要である。
もうひとつは作品に出会う鑑賞体験である。しかし単に作品の評価が高ければ鑑賞者にとって有意義な鑑賞体験につながるかといえばそれほど単純ではない。美術館の教育普及事業においては一人一人異なる鑑賞者の見方、感じ方を受け止め、より深い鑑賞体験へ導くこと(うながすこと)を考えていくことが大切になる。そのことをふまえ、当館のすべての教育普及事業は以下の理念のもとに行われている。
・美術館と美術作品への関心と興味を引き起こし、美術館の利用を促進する。
・美術作品を通して、様々なものの見方や考え方を提供し、人生を豊かに生きるための感性と考える力を養うことを支援する。
・特に小中学生(青少年)を対象とし、多様な知識、経験、関心をもつ様々な人々の自発的な学習を支援する。
コロナ禍そしてリニューアル工事による休館
そのような理念のもと、当館では2005年開館以来、教育(特に青少年)を美術館事業(活動)の重要な柱のひとつに据え取り組んできた。
しかしながら、新型コロナウイルスの感染拡大以降、その影響を大きく受けることとなった。緊急事態宣言発令および東京都の休業協力要請を受け、2020年2月29日~6月30日、2021年5月1日~5月31日の期間が臨時休館となったのである。再開館後も感染拡大防止のため、教育普及事業は実施困難という状況が続いた。そして2021年8月~2022年4月までは改修工事により再び休館となり、ほとんどの教育普及事業は開催を見送られることとなった。
コロナ禍での取り組み ワークシート、オンライン授業
ほとんどの教育普及事業の開催を見送ったなか、継続して実施したのがワークシートの発行である。ワークシートは、セルフガイド、鑑賞ガイドなど、館によって名称が異なり、その定義については様々な見解がある。当館では「なんらかの活動(作業)を伴い、展示室内で、問いかけや遊びの手法を交えて、来館者に展示テーマや展示物等への興味を喚起させ、より深く創造的な理解や発見へと導くことを目的とする印刷物」と位置づけている。来館した小中学生や教育機関に無料で配布している。
作成にあたっては図1のチャートを参考に展覧会担当学芸員と協議の上、教育普及担当が内容作成、デザイン、印刷を行っている。コロナ禍のため来館できない小中学生のためにホームページでの公開も検討したが、当館のワークシートは作品を実際にみられる空間で行うことでより鑑賞を深める内容になっていること、また掲載作品の公開制約もあり今年度オンライン公開は行わず、館内での発行を継続した。ワークシートは2020年7月から2021年8月で6パターン作成し、約1,200部配布した。また、教育機関からの希望に応じてオンライン授業も行った。
教育普及事業の再開
改修工事による休館を経て、当館は2022年4月リニューアルオープンを迎えた。それに伴い、休止していた教育普及事業も、「博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン(2020年5月14日提言 2022 年9 月9 日改訂)」 に基づき再開した。当館の教育普及担当は1名だったが、2022年より2名が担当することとなった。
こども・ファミリープログラム
当館のプログラムは、家庭教育における親子の関係を尊重しながら、鑑賞を通してこどもと大人がお互いに学び合う場として鑑賞会やワークショップを実施している。再開に当たって、内容はできるだけ変更はせず、定員を50%に減らした。
鑑賞会は、教育普及担当が進行役となり展覧会を鑑賞する。参加者が色や形などの造形的特徴をとらえ、それをもとに自分のイメージをもち、他の参加者と対話することで表現の意図をとらえ意味や価値を見出すことを目的としている。プログラムは開館時間前から行うことにより、密を避け、展示を鑑賞しながら参加者同士で対話を通して鑑賞を深める時間を設けた。2022年は4回実施した。
ワークショップは、講師や教育普及担当が進行役となり、造形活動、体験学習を通して鑑賞を深め、美術を愛する心を育み、内面の成長を支援することを目的としている。2時間のプログラムで1つ作品を完成させる。2022年10月に開催したワークショップ「漆の世界をのぞいてみよう!」では、目白漆芸文化財研究所の室瀬智弥氏を講師にむかえ、参加者は漆と蒔絵のレクチャーのあと蒔絵技法を体験。蒔絵スプーンを制作した。
スクール・プログラム
当館のスクール・プログラムは、教員研修会、団体鑑賞、出張講座、大学の授業連携などがある。再開にあたっては、内容はできるだけ変更せず、時間差での来館、人数の制限、オンラインの対応など、教育機関の規模に応じて、より深い鑑賞体験ができるよう協議し決定している。
教職員研修会は各展覧会会期中に閉館後の美術館で実施している学校の教職員を対象とした研修会である。教科を問わず美術館を活用した鑑賞教育について意見交換を行う場として実施しており、展覧会の学芸員によるレクチャーのあと作品を鑑賞する時間を設けている。2022年は定員20名から10名(50%に減らして)3回開催した(2022年度は5回実施予定)。関東圏外からの参加者もあり、教員同士の交流の場にもなった。
団体鑑賞は来館した学校団体に対してレクチャーを行い、展覧会を鑑賞する。
当館には決まったプログラムはないため、学習目標に応じて事前打ち合わせのうえ内容を決定する。そのため、美術・図工だけではなく、社会や国語、英語、音楽など様々な教科授業と連携活用されている。2022年8月には、第46 回全国高等学校総合文化祭 東京都文化連盟茶道部門の生徒の受入れを行い、全国から参加した茶道部の高校生120人が時間差で来館。「茶の湯の陶磁器~“景色”を愛でる~」(2022年7月9日(土)~9月19日(月・祝)開催)を鑑賞した。高等学校教育の一環として全国的な規模で日本文化への理解を深める一助となった。
出張授業は希望した教育機関に対して当館学芸員及び教育普及担当が来校し授業を行う。おもに高精細複製品「雪松図屏風」1を活用した授業で、2022年12月には練馬区の小学校6年生60名を対象に実施した。
まとめ
ここまでコロナ前からコロナ禍そして再開までの状況について述べてきた。全国の美術館では臨時休館中あるいは密を避けるため、動画配信やウェビナー開催などオンラインでの活動が行われるようになった。これらは社会で進みつつある「デジタル変革」の潮流を背景としたものであり、コロナ禍が結果的にその大きな推進力になったといえる。今後もコロナ禍の一時的対応というより、これからの新たな美術館のあり方を考える上で重要な意味をもつものといえよう。
しかし、これまで当館の教育普及活動を支えてきた「作品をじっくり鑑賞すること」「人と人との対話を通して鑑賞を深めること」がなくてもよいとなったわけではない。教育普及事業は美術館独自の資産である美術作品(original works of art)と来館者を結びつけるために、何よりも美術館での体験を優先することが重要である。オンラインはあくまで手段(きっかけ)のひとつである。「本物―偽物」の二元論にならないように配慮しつつどのようなことが可能なのか考え続けなければならないと改めて学んだ。
これからは美術館を支える来館者(美術館を訪れる一人ひとり)にとって「美術(館)が必要だと感じられるか」が、より強く求められるのではないだろうか。三井記念美術館は2005年の開館から様々な教育プログラムに取り組んできた。そしてコロナ禍を経て、今後もそのひとつひとつを真摯に取り組んでいきたい。
(かめい あい)