February 28, 2023

戦時下におけるウクライナの博物館と文化遺産の保護

ICOM日本委員会副委員長
栗原祐司

2023年2月8-9日に、戦時下における文化遺産の保護に関する国際フォーラム1がオンラインで開催された。ウクライナ文化情報政策省、マイダン博物館2及び遺産緊急対応イニシアティブ3が主催し、ICOM、ICOMOS、ICCROM、UNESCO等15の国際機関、非政府組織、文化分野における救助・支援活動団体、ウクライナ軍等が協力した。主催者の報告によれば、92の機関、組織、団体等から186名の参加者があり、3分の1以上が主催者の関係者で、海外からの参加者は67名であった。海外からの参加者の多くは欧米圏で、アジアからはICOM-DRMCのボードメンバーであることから案内をいただいた筆者のみであった。

ウクライナ文化情報政策省によれば、ロシアとの戦争の11カ月の間に、1,189点の文化財が破壊または破損した。占領地域の博物館や個人コレクションから何万点もの遺品が略奪され、多くの博物館や記念碑、歴史的建築物も破壊された。本フォーラムは、近い将来課題となるであろうウクライナ文化の安定化、略奪された文化財の返還、修理、復旧・復興、再建等に向けた国際的な支援の連携・協力を強化するために開催したものである。ウクライナ語と英語による同時通訳及び一部字幕が導入された。

初日は主催者及び協力団体等の関係者からのスピーチが行われ、冒頭、オレクサンドル・トカチェンコ(Oleksandr Tkachenko)ウクライナ文化情報政策大臣は、政府機関と公的イニシアティブの相互作用と相乗効果が、戦時下における文化の回復と社会の安定のために必要な条件であると表明した。ウクライナ文化情報政策省は、これまで文化遺産の保護は国家の優先事項ではなかったが、今回の戦争によって有形無形の文化遺産が国家安全保障の重要な要素の一つであることを認識し、国家安全保障法の改正や「文化遺産分野における国家政策の原則について」「国家記憶の保存と回復について」という2つの枠組み法を採択した。具体的には、以下のような取り組みを行っているという。

・文化分野における国際的な支援メカニズムの立ち上げ
・ユネスコとの連携、国際的なパートナーや政府間組織との積極的なコミュニケーションを通じてのウクライナの文化遺産保護のための問題提起。
・文化遺産の救出、特に可能な限り最前線地域から博物館のコレクションを避難させること
・文化遺産の損傷や損失に関するデータの収集
・文化遺産に対する戦争犯罪の文書化、損害評価、軍や法執行機関との協力関係の確立などのためのアルゴリズムの開発。
・ロシアによって不法に輸出された文化的価値の返還
・文化遺産保護の問題を扱う専門部隊であるInstitute of Monuments Men4を軍隊に組み込むよう働きかけること

また、ICOMプラハ大会にも参加した前ICOMウクライナ国内委員会委員長でもあるケイト・チュエバ(Kate Chuyeva)副大臣、そして本フォーラムの中心的役割を果たしICOM-DRMC副委員長でもあるイホー・ポシヴェイロ(Ihor Poshyvailo)マイダン博物館館長からあいさつがあった。

記者ブリーフィングをするイホー・ポシヴェイロDRMC副委員長

続いて、UNESCO、ICOM、ICOMOS、スミソニアン等の国際機関・団体やALIPH(紛争地における文化財保護のための国際ネットワーク)やWMF(ワールド・モニュメント財団)、等の国際的な基金、在ウクライナ米国大使館等の政府関係機関を代表する15人がそれぞれショート・スピーチを行った。

ICOMOS会長のテレーズ・パトリシオ(Teresa Patricio)氏は、共同作業の重要性を強調し、「ウクライナの文化遺産が失ったものは、今や莫大な規模に達している。これらは有形・無形の文化遺産に対する損失であり、ウクライナ文化情報政策省や他の専門家との共同作業は、遺産保全の仕事において非常に重要だ。連携することにより、修復の準備を迅速に行うことができるからだ。」と述べた。

ポーランド国立文化遺産研究所のカタジナ・ザラシンスカ(Katarzyna Zalasińska)氏は、「文化は未来の世代のための基本的な側面。だから、私たちは連帯し、積極的に行動し続ける。」と述べ、ポーランドはウクライナの人道的危機に対応し、政府のあらゆるレベルで資源を動員しており、ウクライナの文化遺産の修復に関しても専門知識を共有する準備ができていることを強調した。

その後、5つのテーマごとのワーキング・グループに分かれ、①文化に対する犯罪や記念碑化、博物館化等に関するドキュメンテーション(Documentation and memorialization)、②破損、紛失、除去された文化遺産のデジタル・アーカイブ(Inventory of cultural heritage)、③被災文化財の応急措置と能力開発(First aid to culture and capacity building)、④早期復興に向けた準備(Preparation for early recovery)⑤戦略(Strategy)について、それぞれ多角的な観点から意見交換を行った。(ワーキング・グループの詳細は、セキュリティ上の理由から共有できない。)

二日目は、初日の議論を踏まえ、3つのテーマについてパネル・ディスカッションを行った。まず、保存と保護(Preservation and protection)に関しては、戦時下において国際条約や規約は機能しているか、また、その役割は何か。官・民・軍の協力による保護ネットワークをいかに構築するかという観点からウクライナの経験をもとに意見交換を行った。また、文化遺産保護のツールとしてのデジタル・トランスフォーメーション戦略の必要性についても議論があった。市民活動家でクリミア戦略研究所の専門家であるエルミラ・アブリャリモワ(Elmira Ablialimova)氏は、「文化遺産保護のための戦略策定が特に重要であると確信している。文化遺産の破壊を防ぐために働く国際法の問題についての新しいツールキットが必要で、ハーグ条約第3条5を発展させる必要がある。」と語った。ウクライナ文化情報政策省のデジタル開発・デジタル変革・デジタル化担当副大臣のアナスタシア・ボンダール(Anastasia Bondar)氏は、「文化が国家安全保障戦略の一部であるべきだということは、誰もが認めるところで、省庁から公共部門まで、誰にとっても最も重要な課題だ。第二は、資金調達とセクターのサポートが必要だ。第三は、経験交流と知識、ヨーロッパの原則や基準を適用することだ。将来の統合への道は不可逆的であると理解している。」と述べた。博物館クライシス・センター(Museum Crisis Center)6の創設者で全体主義体制博物館(Territory of Terror)のオルハ・ホンチャー(Olha Honchar)館長は、文化分野の専門家が直面している財政難を強調し、文化を守る人々はロシア人のヒットリストの最初の一人であることを強調し、この問題について、あらゆる国際的なプラットフォームで意識を高めていくことを呼びかけた。

次に、復興・復旧(Reconstruction, restoration)に関しては、賠償の仕組みや文化的価値の返還のプロセス、破壊された文化財の再建・修復の在り方について意見交換を行った。

最後に「注目されるウクライナ-未来に向けた恒久的なパートナーシップをどう築くか(Ukraine is in the spotlight. How to develop permanent partnerships for the future)」というテーマで、文化に関する国際的な対話の機会をいかに強化するか、ヨーロッパの文化地図における盲点としてのウクライナの文化・芸術をいかに提示するか、恒久的なつながりを確立し、いかにデコロナイゼーション的アプローチを適用するかについて意見交換を行った。登壇者のほとんどがウクライナの政府、博物館、非政府組織、軍関係者だったが、戦時中にも関わらずウクライナから世界中に戦時下における文化遺産の保護の重要性を発信した点では、大いに注目することができる。

日本でも東日本大震災後の被災文化財の救援に際し、国立文化財機構が中心になり博物館、図書館、公文書館等の関係機関・団体とネットワークを結び、文化財レスキュー活動及びその後の安定化処理や修理等を行ってきたが、ウクライナはヨーロッパを中心に国際的な規模で戦時下の文化遺産の保護や今後の復旧・復興に向けた支援、さらにはウクライナ文化の持続的発展の推進に向けた検討を行っている。日本からの現地入りが厳しい現状において、日本の博物館界ができることは限られているが、資金協力や日本が得意とする紙の修理や水損資料の措置等において協力できる分野もあるはずであり、今般トルコ・シリア国境で発生した地震被害への対応を含め、積極的に検討していく必要があるであろう。

最後に、フォーラム成果報告会(記者ブリーフィング)では、イホー・ポシヴェイロ、ケイト・チュエバ及びWMFのカテリーナ・ゴンチャロワ(Kateryna Goncharova)から報告があり、フォーラムの成果を総括し、戦時下におけるウクライナの文化遺産保護の状況と課題、ウクライナと海外の機関の連携の成果が報告された。

チュエバ副大臣は、「このフォーラムは、私たちがお互いにコミュニケーションするために開催できる多くのイベントのうちの最初のものだ」と述べ、ポシヴェイロ館長は、「今日、世界中が我々を助ける準備ができている。インフラを変え、戦略を立て、システムの中で国家緊急対応システムを始動させ、軍民協力のグループを作らなければならない。膨大な分野だが、2023年は大きな、そして決定的な一歩を踏み出す年になるはずだ」と締めくくった。

このフォーラムの成果は、当初は決議文等として文書をまとめる予定だったが、与えられた時間では十分な作業ができないため、共同で作業を継続することが提案された。参加者からの意見を集約した上で、近々発表がなされることが期待される。

なお、本フォーラムの公開部分は、ウクライナ語のみだが以下のYouTubeで閲覧することができる。

オープニング https://youtube.com/live/dbzC07XIgbw

パネルディスカッション
 保存と保護 https://youtube.com/live/0iYgNOwSIyk
 復興、復旧 https://youtube.com/live/T360dpAI5Dw
 注目されるウクライナ-未来に向けた恒久的なパートナーシップ   
 https://youtube.com/live/uxynrIV2Yi4

フォーラム成果報告会
https://www.youtube.com/live/xw_DWck0TFQ?feature=share&t=75


  1. “War in Ukraine: The Battle for Culture” International Forum on Safety of Cultural Heritage
  2. 正式にはNational Memorial to the Heavenly Hundred Heroes and Revolution of Dignity Museum(天国の100人の英雄及び尊厳の革命記念博物館)。Maidanはウクライナ語で「広場」の意味で、キーウの独立広場におけるデモ活動から始まったユーロマイダン革命(ウクライナ騒乱)に関する博物館。
  3. Heritage Emergency Response Initiative:ロシアの侵略とウクライナの国家・文化的アイデンティティへの侵害に対応して設立されたウクライナの博物館専門家集団。
  4. もともとは第二次世界大戦下の1943~51年に実在した連合軍の「記念建造物・美術品・古文書」部に所属していた兵士たちの呼称。当初の任務は歴史的建造物への戦闘被害を少なくすることだったが、ナチスドイツが略奪した美術品・文化財を探し出すことに移った。
  5. 武力紛争の際の文化財の保護に関する条約第3条「締約国は、適当と認める措置を執ることにより、自国の領域内に所在する文化財を武力紛争による予見可能な影響から保全することにつき、平時において準備することを約束する。」(外務省訳)
  6. ロシアによるウクライナ侵攻のわずか数日後に設立されたウクライナの博物館関係者の維持・支援を目的とする団体。戦闘が最も激しい東・南ウクライナにある小規模な地方博物館を優先的に支援しており、耐火保管庫や消火器、梱包材等を供給している。