March 26, 2022

ICOM-DRMC大会の開催について

[2022.3.26]

京都国立博物館副館長・ICOM日本委員会副委員長
栗原 祐司

[この文章は、博物館研究 2022年1月号 Vol.57 No.1(No.644)の再録です]

昨年11月4~7日、ICOM-DRMC(International Committee on Disaster Resilient Museums:博物館防災国際委員会)の年次大会が日本で開催された1。 DRMCは、2019年のICOM京都大会で新たに設立された一番新しい国際委員会であり、ある意味京都大会の成果の一つであるとも言える。当初は、2020年にメキシコで年次大会を開催する予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い中止となったため、本大会がDRMC初の年次大会の開催であった。折しも、2018年に国立文化財機構に文化財防災センターが発足し、2021年は東日本大震災10周年でもあったことから、「文化財防災ネットワークの構築:連携に関する事例研究」をテーマに、国立文化財機構の本部事務局が置かれている東京国立博物館及び東日本大震災で甚大な被害を被ったものの現在復興が進んでいる岩手県陸前高田市の2会場で開催することとした。

ハイブリッド形式による開催

ICOMの各国際委員会の年次大会は、2020年はほぼすべてが中止・延期となり、2021年も上半期はオンラインで開催するところが多かったが、下半期から対面式とオンラインを併用するハイブリッド開催を計画する委員会も増え始めた。DRMCとしては、秋には海外渡航も若干緩和されるであろうとの期待を込めつつ、ハイブリッド形式での開催に踏み切った。

果たして、日本国内においては、9月30日にすべての緊急事態宣言が解除され、対面式での開催は可能になったものの、海外からの参加は渡航前後の待機期間が長いこともあって、残念ながら会場に足を運べたのは日本在住者のみとなった。時差の関係で北米からの参加が少なかったのは残念だが、30か国・地域からの参加があり、現地参加とあわせて東京では145名、岩手では180名の参加があり、初回としてはまずまずの滑り出しだったのではないか。

ハイブリッド形式の場合、オンライン参加者にも配慮して、通常は会議時間を短縮して行う。国際会議によっては、地域ブロックごとに時間帯を分けて開催する場合もあるが、人的・財政的な制約と参加者はそれ ほど多くないと予想されたため、東京での研究発表は、 1 人15分、 3 人で 1 セッションとし、10分の質疑応答を設けて合計 4 セッション、すなわち 4 時間として設定し、開会行事・基調講演とあわせて 5 時間の会議とした。各セッションの議長には、文化財防災の専門家である内田俊秀、益田兼房、河野俊行、神庭信幸の各氏に務めていただいた。発表者は、日本在住者は壇上で、海外からは事前にビデオを送付してもらった上で放映し、質疑応答のみオンラインで参加する形式とした。結果的にエジプトからは通信環境の事情によりつながらなかったものの、それ以外の 7 人は特に問題なく接続でき、スクリーン上で 4 者が顔を合わせることができた。会議運営を委託した株式会社日本コンベンションサービスの各位の御努力に感謝申し上げる次第である。なお、会議は日・英の同時通訳を導入し、岩手会場でのシンポジウムは、経費削減の観点により東京からリモートによる通訳を行ったが、大きな混乱はなく円滑に進行することができた。

東京会場での研究発表

東京国立博物館で開催した11月 4 日は、冒頭開会行事として、青柳正規ICOM日本委員会委員長、Diana Pardue DRMC委員長(アメリカ)、Elsa Urtizverea ICOM本部文化遺産保護コーディネーターによるリモートでのあいさつに続いて、DRMCのボードメンバーでもある筆者が趣旨説明を行った。

基調講演は、歴史資料ネットワーク代表の奥村弘神戸大学理事・副学長が、「災害時の地域歴史資料保存に関するネットワーク形成の現状と課題―「史料ネット」の26年間の活動を中心に―」という演題で行い、阪神淡路大震災以降全国各地で活動を展開している史料ネットの活動と地域歴史資料学の構築について説明した。各地の史料ネットは、2021年10月現在30団体となっており、行政とは違う立場で地域に密着した歴史資料の保存・継承のために欠かすことのできない存在になっていると言っていい。大会テーマである文化財防災ネットワークの構築を考える上で、重要な示唆を与えていただいたと思う。

その後の研究発表では、韓国、台湾、ベトナム、エジプト、エチオピア、エクアドル、スイス、フランス、そして日本からの 4 本を含め合計12本の発表があった。日本では、博物館防災は自然災害を念頭に置いているが、海外では必ずしもそうではない。もとより、ブルーシールドは、武力紛争に際して攻撃を差し控えるべき文化遺産を示すために、「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約(1954年ハーグ条約)」で指定された標章の通称であり、1999年の第二議定書によって自然災害も対象となったのは周知のとおりである。今回の発表でも、韓国(国立航空博物館)やスイス(バーゼル・シュタット準州)、エチオピア(エチオピア文化遺産保存局)、エクアドル(サンタ・エレーナ県政府)からの発表は、武力紛争下の文化財保護に関する内容であった。とりわけ、エチオピアのAbel Assefa氏は、「エチオピア北部ティグレ州紛争と文化遺産への影響について―ティグレ殉教者記念博物館および皇帝ヨハネ4 世宮殿博物館についての考察―」というテーマで発表し、紛争により被害を受けた 2 館を例に、紛争が文化遺産に与える影響についての説明を試みた。軍内部の文化財に対する意識の欠如と種々の機関どうしの学際的ネットワーク及び協力関係の欠如が、博物館コレクションの窃盗や破壊への大きな要因となったとする彼の見解は、日本の博物館界では到底考えられないものであり、しかも発表当時エチオピアは内戦状態にあるという事実が、より一層緊迫感をもって伝えられたのも印象的であった。もちろん、日本国内においては、こうした紛争下の文化財保護について検討する必要性は薄いかもしれないが、国際協力・貢献という観点から、常に視野に入れておくべき課題であろう。

岩手会場でのシンポジウム

国連が定めた「世界津波の日」に当たる11月 5 日には、岩手県に移動して岩手県立博物館を見学し、翌 6 日は高田松原津波復興祈念公園内の東日本大震災津波伝承館や震災遺構である旧気仙中学校校舎を見学後、陸前高田市コミュニティセンターでシンポジウムを開催した。シンポジウムのテーマは、「市民と博物館がまもり、つなぐふるさとの宝~東日本大震災後10年目における博物館活動の再生と創造」であった。冒頭、陸前高田市立気仙小学校の子どもたちによる地元の伝統芸能「けんか七夕太鼓」によって幕を開け、戸羽太陸前高田市長、銭谷眞美日本博物館協会長、そしてリモートでDiana Pardue DRMC委員長があいさつを述べた後、福島県、宮城県、岩手県 3 県の被災文化財の救援・修復に携わった研究者が登壇し、これまでの取組と今後の課題を述べた。また、リモートで松岡由季・国連防災機関(UNDRR)駐日事務所代表が「世界津波の日」と世界津波博物館会議の意義について説明した。

さらにパネルディスカッションでは、大規模災害からの復興に向け、博物館が担うべき役割を国内外に発信した。福島県では、いわゆる文化財だけではなく、震災の後の人々の行動を物語る資料を「震災資料」として、その収集や活用を通じて、震災の記憶の保存・継承に努めている。また、被災地には、震災に関する遺構等が点在しており、震災伝承ネットワーク協議会では、これらの東日本大震災から得られた実情と教訓を伝承する施設を「震災伝承施設」として登録し、これらの施設を一般財団法人3.11伝承ロード推進機構が、「3.11伝承ロード」として有機的に繋いでいる。産学官民が連携し、伝承活動を継続的に行うことによって、次の大災害に向けてその教訓を伝え続けていくことが重要であろう。

翌 7 日には、陸前高田市立博物館の被災資料の安定化処理や保管を行っている旧生出小学校を見学後、来年秋に開館予定の新しい陸前高田市立博物館の内部を特別に見学させていただき、全行程を終了した。今回は残念ながらオンサイトで海外からの参加者はなかったが、DRMCのみならず、こうした国際的会議等で日本の文化財防災の取組を継続的に発信していく必要があるだろう。最後に、ICOM-DRMC大会の開催に御支援、御協力いただいた各機関、各位に改めて厚く御礼申し上げたい。

なお、本大会は、当分の間、ICOM日本委員会のホームページ上でオンデマンド配信を行っているので、ぜひご覧いただきたい。

(くりはら・ゆうじ)


  1. 主催は、ICOM-DRMC、ICOM日本委員会、日本博物館協会、独立行政法人国立文化財機構文化財防災センター、東京国立博物館、京都国立博物館、岩手 県立博物館、陸前高田市。共催は文化遺産国際協力コンソーシアム。また、日本政府観光局(JNTO)に御協力いただき、文化庁・文化芸術振興費補助金
    「地域と共働した博物館創造活動支援事業」の支援を得た。