September 7, 2020

ICOM京都大会と今後の我が国の博物館

京都国立博物館副館長・ICOM京都大会2019運営委員長
栗原 祐司

[本記事は、『博物館研究』Vol.55 別冊 (ICOM京都大会2019特集)の再録です]

はじめに

2019年 9月1日から7日にかけて、ICOM(国際博物館会議)京都大会が開催され、120の国と地域から過去最多となる4,590人の参加を得て、成功裡に全日程を終了した。本稿では、ICOM京都大会全体を振り返り、今後の我が国の博物館の展望について述べる。

1 .大会テーマ

ICOM京都大会の全体テーマは、「Museums as Cultural Hubs: The Future of Tradition(文化をつなぐミュージアム―伝統を未来へ―)」であった。より具体的なキーワードで表すならば、sustainability(持続可能性)、diversity(多様性)、inclusion(包摂性)などが挙げられよう。これらのテーマは、既に欧米の博物館界では数年前から盛んに取り上げられているが、我が国ではようやく最近になって議論されるようになったと言っていい。ICOMは、2018年9月に持続可能性のワーキンググループ(Working Group on Sustainability)を設置したが、これを立ち上げた理由は、SDGs 及びパリ協定(2015年12月に採択された2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組)によって提起された持続可能性の課題に博物館関係者としてどのように取り組んでいけるかをICOM全体の問題として捉えていこうと考えたためである。既に2017年11月に日本科学未来館で開催された世界科学館サミット(Science Centre World Summit)が「世界をつなぐ―持続可能な未来に向かって(Connecting the World for a Sustainable  Future)」をテーマとしており、SDGsの達成に向け科学館が活動を推進していくための行動指針「東京プロトコール(Tokyo Protocol)」を取りまとめたが、同サミットにSuay Aksoy ICOM会長が出席し、ICOM京都大会でも持続可能性を議論したプレナリー・セッションに毛利衛館長が登壇したのも当然の成り行きであった。これら二つの重要な会議が日本で開催されたのは、意義深いことである。

なお、ICOM京都大会のメイン会場であった国立京都国際会館は、1997年12月に開催された第 3 回気候変動枠組条約締約国会議(Third session of the Conference of the Parties、いわゆるCOP3)で京都議定書(Kyoto Protocol)が採択された場所で、まさに持続可能な未来を議論するのにふさわしい場所であった。また、2019年12月には、同じ会場で第 4 回「国連世界観光機関(UNWTO)/ユネスコ 観光と文化をテーマとした国際会議(4 th UNWTO/UNESCO World Conference on Tourism and Culture)」が「将来世代への投資~観光×文化×SDGs~(Investing in future generations)」を全体テーマに開催されたが、主催者が異なるとはいえ、これもある意味ICOM京都大会の延長線上に位置づけられると言っていいだろう。振り返れば、大阪万博で賑わう1970年4月に国際未来学会議(International Future Research Conference 1970)が、同じ国立京都国際会館で開催されている。同会議は、加藤秀俊、梅棹忠夫、小松左京、林雄二郎、川添登らを中心とする日本未来学会が中心となり、未来予見のための学問的可能性の探究を目指したが、環境問題は大きなテーマとはなっていない。今年1月に開催された世界経済フォーラム(World Economic Forum、いわゆるダボス会議)において、環境問題が主要なテーマとなっていたことも記憶に新しいが、まさに半世紀を経て、時代は大きく変わったと言わざるを得ない。今や、高齢者、障害者、ジェンダー、移民等社会的弱者のために我々は何をすべきかを国際的規模で議論する時代になっており、急激に進む気候変動や社会環境の悪化、紛争等に対応した博物館の新たな役割が博物館の国際会議で議論される時代になったことをICOM京都大会参加者は気づかされたのである。

ただし、当時も、国際未来学会議に先立つ1970年 3 月に国際社会科学評議会主催による「環境破壊に関する国際シンポジウム」が東京で開催され、「環境権」の確立を提唱しており、決して明るい未来ばかりが議論されていたわけではない。既に1950年代には水俣病やイタイイタイ病、四日市ぜんそくなどの公害が発生しており、訴訟も始まっていた。昨年の全国博物館大会では、西淀川・公害と環境資料館の取組が博物館活動奨励賞を受賞したが、大阪万博開催から半世紀を経て、全国各地に公害や環境問題、ハンセン病、人権等に関する博物館が次々と設立されるようになり、我が国の博物館界でも持続可能性や多様性、社会包摂について真剣に議論しなければならない時代になったとも考えられるのである。国際的にも、1980年代に提案されたSustainable Development(持続可能な開発)の概念が、1987年のブルントラント委員会や1992年の国連環境開発会議等における議論を経て、2015年に採択されたユネスコの持続可能な開発目標(SDGs)の理念が、ようやく博物館界にまで浸透し、近年の気候変動に伴う自然災害の頻発や文化財返還(Restitution/ Art Repatriation)運動の高まり等によって、博物館関係者が危機感を強く持つに至ったのではないだろう か。そういう意味では、今大会において新たに倫理問題国際委員会(International Committee on Ethical Dilemmas; IC ETHICS)と博物館災害対策国際委員会 (International Committee on Disaster Resilient Museums; DRMC)の 2 つの国際委員会が設立されたのは、まさに時宜を得たものであった。

2020年の国際博物館の日のテーマは、“Museums for Equality: Diversity and Inclusion(平等を実現する場としての博物館:多様性と包括性)”だが、まさにICOM京都大会で議論した内容を継続的に深めていくことのできる絶好のテーマであろう。

オープニングセレモニーの様子

2 .参加者数

ICOM京都大会の参加者総数が過去最多となった要因はいくつか考えられるが、まずはやはり開催都市である京都の魅力であろう。アメリカの大手旅行雑誌「Travel+Leisure」の読者投票による「人気観光都市ランキング(The World’s Best City)」で常にベスト10入りしており、世界一に輝いたこともある京都は、博物館関係者にとっても訪れたい魅力的な都市なのだろう。大会参加者のアンケート調査の結果、エクスカーションの満足度が一番高い評価を得たが、ソーシャル・イベントを含め、開催地である京都府、京都市が見事にその期待に応えてくれたと言っていいだろう。改めて感謝の意を申し上げたい。

もう一つは、30の国際委員会の会議ほぼすべてに日本から担当者が参加し、関連した国際会議等でも積極的にICOM京都大会をアピールした成果だと考えられる。ネット社会におけるフェイス・トゥー・フェイスによる交流の重要性を筆者自身が強く認識している。そして最後に、残念ながら合意形成には至らなかったが、ICOM規約に定める“Museum”の定義の見直しが話題となり、直接意見を述べたい会員が積極的に大会に参加したということも挙げられよう。

日本から大会参加者全体の41%に当たる1,866人が参加し、100人以上が講演、発表等を行ったことも大きい。なにしろ、日本、中国、台湾、韓国をはじめアジア諸国で参加者全体の55%を占めたことは、アジアで 3 回目に開催した大会としての使命を十分に果たしたと言えるのではないだろうか。とりわけ多数の日本からの参加は、同時通訳の導入に努めたとはいえ、大学や行政関係者など会員以外の参加も多く、今後ICOM会員の裾野を拡大する意味でも画期的なことであった。言葉の壁は依然として大きいのは事実だが、かつては必ず通訳を引き連れていた国の参加者も、最近では流暢に英語を話す若手・中堅の参加者が増えてきている。今後、日本の博物館関係者も国際的に活躍できる人材の育成を進め、積極的にICOMのみならず様々な国際会議で発表し、その存在感を強化していくことを期待したいと思う。

3 .基調講演とプレナリー・セッション

9 月 2~4 日に行われた 3 つの基調講演と 4 つのプレナリー・セッション(全体会合)は、大会テーマに沿った内容でありながらも、明らかに従来のICOM大会とは異なるものであったと思われる。建築家の隈研吾氏は、新国立競技場をはじめとする自らの建築作品を紹介しつつ、日本文化の多様性を強調した。また、写真家のセバスチャン・サルガド氏は、アマゾンの熱帯雨林の破壊が進んでいることについて警鐘を鳴らし、自らの写真を紹介しつつ、豊かな未来を創出するために行動を起こすことの必要性を訴えた。そして、現代アーティストの蔡國強氏は、ミュージアムの枠組みの中でも社会課題や新たな気づきを感動とともに届けることができるという、まさに博物館の新たな役割を示唆した。いずれもわずか30分程度の講演ではあったが、世界中の博物館関係者に、気づきやインスピレーションを与えてくれたという意味では、効果的であったと思われる。

そしてプレナリー・セッションでは、こうした社会的背景を踏まえた博物館定義の見直しや持続可能性、災害対策、さらにアジア美術をテーマとし、洋の東西を問わず、平和で持続可能なよりよい未来の構築に向けて博物館が社会的な役割を果たすことの必要性に多くの議論が費やされた。午後に開催されたパネルディスカッションも、デコロナイゼーションやマンガ、そして博物館と地域開発に関する議論が展開され、より幅広い観点からの意見交換が行われたのではないかと思う。

セバスチャン・サルガド氏

4 .博物館定義の見直し

前述のとおり、ICOM京都大会では、「Museum」定義の見直しが行われることが期待されていた。ICOMは、2017年 1 月にMDPP(博物館の定義、見通しと可能性に関する特別委員会)を設置して検討を行い、新たな定義案を昨年 7 月にICOMホームページ上で公開した。大会でも 9 月 3 日のプレナリー・セッションで議論を行い、引き続き午後も 3 時間以上にわたってラウンドテーブル形式の討論が展開されたが、9 月 7 日の臨時総会では 3 時間を超す議論の末、もう少し時間をかけて再検討すべきとの結論に達した。昨年12月の執行役員会議で、MDPP2と呼ばれる特別委員会において改めて検討を行い、各国内・国際委員会の意見を聴取した上で、2021年 6 月にパリで開催される臨時総会で採決を行うスケジュールが示されている。

MDPPのJette Sandahl委員長は、「博物館が世界規模で活動を行う際に、多様な世界観や慣習等に敬意と配慮を持つべき」であり、「地球規模、国内、地域、地方レベルでの権力と富に関わる、根深い社会の不平等や非対称という存在を、危惧の念を持って認識されるべき」と述べているが、そのこと自体に異を唱える人はいないであろう。この新たな定義案が提示されたのは、大会 6 週間前のことで、各委員会で議論する時間が十分になかったという事情はあったにせよ、各国、各博物館は、この新たな定義案で示された理想とする博物館活動を本当に行うことができるのか、と当惑したのではないかとも考えられる。ICOMの職業倫理規程では「博物館は、陳列や展覧会において提示する情報には十分な根拠があり、正確であり、それが象徴する団体や信仰に対して適切な配慮がなされていることを保証すべきである。」としていながらも、現実には国公立博物館であっても政治的意図をもって展示がなされている例は多数存在し、ユネスコの「世界の記憶(Memory of the World)」の登録の政治利用をめぐって、議論が紛糾しているのは周知の事実である。日本の博物館界は、民主化を促し、包摂的で、様々な声に耳を傾ける(Democratising, Inclusive and Polyphonic)機関として、社会正義(Social Justice)に貢献するために何ができるのだろうか。日本博物館協会としても、改めてこの新たな博物館定義を考えていく必要があるだろう。

こうした博物館をめぐる国際的な議論を踏まえ、我が国では昨年11月に文化審議会に博物館部会が発足した。同部会では、「博物館の制度と運営に関する幅広い課題は、整理しながら、一定の期間をかけて検討」することとされている。ICOMにおける議論も踏まえつつ、日本の博物館法の改正を本格的に議論することになろう。もちろんその際は、2015年のユネスコ博物館勧告や2017年に日本博物館協会が取りまとめた「博物館登録制度の在り方に関する調査研究」報告書を視野に入れた検討が行われることが望ましい。日本博物館協会は、こうした動きを注視し、必要な提言や声明を出すことによって博物館の専門集団としての役割を果たす必要がある。

5  .大会決議

人類共通の宝である文化資源を守り、次世代に引き継ぐとともに、現代に生きる人々のために活用するため、“Museums as Cultural Hubs(文化をつなぐミュージアム)”の概念が重要であることを謳ったICOM京都大会のテーマは、大会が終わったら消え去ってしまうのではなく、継続的に議論していくことが求められる。こうした観点から、ICOM日本委員会では、このテーマを引き続きICOM全体で重視していくため、「Commitment to the Concept “Museums as Cultural Hubs”」を大会決議案として提案し、最終日のICOM総会で採択された。

また、ICOMの議論はともすれば欧米主体になりがちであるため、組織委員会では、当初からアジアの視点からの議論の重要性を主張してきた。プレナリー・セッションで「世界のアジア美術とミュージアム」をテーマの一つとしたのもそのためである。このセッションでは、日本美術を含むアジア美術至上主義を主張したのではなく、多様性(diversity)の視点を提言することを目的とした。すなわち、学芸員が自らの文化や環境に基づいて作る展示に対して、それを鑑賞する来館者は多様である。現に昨今では国立博物館の来館者は 3 割以上が外国人であり、いわゆる伝統的な文化を体感していない児童生徒も多い。博物館の展示は、一方的に自らの文化や価値観を押し付けるのではなく、お互いの文化を認め合う多様性の視点もまた重要であり、そのためにも各国の歴史を踏まえつつ、欧米の美術だけでなくアジアやアフリカ、イスラムの美術などについても議論する必要性を唱えたのであった。ICOM日本委員会では、ICOMがアジアの各地域の自主性と特殊性、多様性を尊重するとともに、アジアの博物館との相互理解の促進に努めることを大会決議案として提案し、「Commitment to the Integration of Asia into the ICOM Community」が同じく総会で採択された。今後、日本をはじめアジア諸国がどれだ けICOMコミュニティにおいてイニシアティブを発揮できるか世界中が注目していると言っていい。

6  .ICOMで活躍できる人材の育成

ICOM会員は、世界的に見れば欧米が圧倒的に多い。幹部に関しても、1992~1998年にインドのSaroj Ghose氏がアジアから初めてICOM会長に就任し、2016年には中国の安来順氏が副会長に就任し今大会でも再任されたが、これまで執行役員(Executive Board)にアジアから 2 人以上選出されたことはない。日本に至っては、鶴田総一郎氏が1986~1989年にICOMの執行役員となったのを最後に選出されていない。京都大会前は、各国際委員会のボードメンバーすら数人に過ぎなかったが、京都大会に向けて前回のミラノ大会では、12人のボードメンバーが選出された。そして、今大会での改選の結果、14人に増加し、会長による指名である特別委員会(Standing Committee)及び関連組織(Affiliated Organization)を含めれば、16人(17ポジション)となった。言うまでもなく、過去最多であり、中堅・若手が多いので将来が楽しみである。ICOM日本委員会から選出のボードメンバーは以下のとおりであり、今後の活躍を期待したい。

(国際委員会)
CAMOC 邱 君妮  国立民族学博物館外来研究員
CIPEG 田澤 恵子  公益財団法人古代オリエント博物(新)
DEMHIST     中谷  至宏  元離宮二条城事務所
DRMC 栗原  祐司  京都国立博物館(新)
GLASS 土田 ルリ子  サントリー美術館(新)
ICAMT 大原 一興  横浜国立大学
ICDAD マリサ・リンネ  京都国立博物館
ICFA 青木 加苗  和歌山県立近代美術館
ICMS 杉浦 智  東京富士美術館(新)
ICOMON 川仁 央  コインみゅーじあむ準備室(新)
ICR 五月女 賢司  吹田市立博物館
ICTOP 江水  是仁  東海大学(新)
NATHIST 矢部 淳  国立科学博物館(新)

(地域連盟)
ASPAC 林 良博  国立科学博物館(新)

(特別委員会)
DRMC 栗原 祐司  京都国立博物館
ETHCOM 東 自由里  京都外国語大学(新)

(関連組織)
CIMAM 片岡 真美  森美術館(委員長)

7.ICOM京都大会のレガシーとは

大会開催前から、「ICOM京都大会のレガシーは何か」というご質問をよくいただいた。ICOMソウル大会を開催した韓国では、2006年から『International Journal of Intangible Heritage』を毎年発行しており、2010年にICOM上海大会を開催した中国では、2013年から「 ICOM International Training Centre for Museum Studies」を開催している。ICOM京都大会を開催した日本では、何が遺せるだろうか。

レガシーは、形で残るものである必要はない。例えば、ICOMミラノ大会は、「博物館と文化的景観(Museums and Cultural Landscapes)」をテーマとし、博物館の概念に景観という観点を導入し、景観に対する博物館の責任(The responsibility of Museum Towards landscape)を大会決議に盛り込んだ。そういう意味では、 5 .で述べた 2 つの大会決議が、世界の博物館に影響を与えたコンセプトとして、将来的にICOM京都大会のレガシーとなり得るであろう。ただし、そのための努力はICOM日本委員会が継続して担わなければならない。京都大会がICOMの歴史の中でエポック・メイキングな大会であったと言われるようになるためには、さらなる努力が必要である。

また、新たに創設された二つの国際委員会は、京都大会で発足した組織として会員の記憶に残ると思われるが、今後どこまで日本がイニシアティブを発揮できるかが鍵となるであろう。

そして、何より重要なのがいくつかの反省点はあるとはいえ、過去最多の参加者数を記録し、世界中の博物館関係者を歓迎した京都のホスピタリティは、多くのICOM会員の心に刻み込まれたに違いない。数年後に振り返って京都大会は良かったと、今後の開催国のモデルとなるような存在になれば、それこそがICOM京都大会のレガシーとなるのではないだろうか。そういう意味では、ICOM京都大会のレガシーは、まさにこれから作り上げていく部分もあり、ICOM日本委員会の関係者にとっては京都大会はまだ終わっていない、ということもできるであろう。まさに、2013年3 月の「ICOM大会招致検討委員会報告書」において「ICOM大会の開催は、それ自体が目的なのではなく、今後の我が国の博物館の振興や博物館学の発展に向けた第一歩に過ぎない。」と述べているように、これからさらに我が国の博物館の国際的地位の向上と、より一層の国際交流の促進が図られるよう努めなければならない。ICOM京都大会は終わったが、ICOMプラハ大会が開催される2022年は東京国立博物館創立150周年を迎える。その次のICOM大会が開催される2025年は大阪・関西万博が開催される。またその次のICOM大会が開催される2028年は日本博物館協会創立100周年記念である。日本の博物館の中長期的目標は、ICOM大会とともにあると言っていいだろう。博物館関係者の皆様方のより一層の御支援御協力をお願いする次第である。

(くりはら・ゆうじ)