September 4, 2020
世界のなかの日本美術―プレナリーセッション4が問う現状と課題
[2020.9.4]
根津美術館 特別学芸員 白原由起子
[この文章は、別冊博物館研究「ICOM京都大会2019特集」の再録です]
1. はじめに―プレナリーセッションという場
ICOM KYOTO 2019 の朝は、メインホール(2,000席)で行われるキーノートスピーチ(基調講演)とプレナリーセッション(全体会議)から始まる。プレナリーセッションは、各回が異なるテーマを設け、6~8名の発表者がシンポジウム形式で発表・討議するアリーナである。このセッションは、大会の核となるテーマを広く喧伝し、大会参加者の意識を高め、個々の委員会での討議に繋げる、重要な役割を担っている。ここに報告するプレナリーセッション4は、9月4日11:00~12:15に行われた。この日の基調講演は、著名な蔡國強氏によるプレゼンテーション。遠方からの参加者たちは、時差ボケにも負けず、朝から京都国際会議場へ足を運び、基調講演、続いてプレナリーセッションを聴いてから、午後の各委員会のセッションへと散ってゆくのである。
セッション4のタイトルは Asian Art Museums & Collections in the World(世界のアジア美術とミュージアム)。欧米の基準や視点からアジア美術を眺めるのでなく、逆に、アジア美術の研究や展示の現場から、欧米博物館における日本美術の見せ方、あるいは世界の中でアジア美術にどのような展開の可能性があるかを考える、というコンセプトである。日本の博物館関係者にとって、アジア美術の研究や展覧会に関する発表は聴き慣れたことなのだが、フランスに本部を置き、ヨーロッパに多くの会員を抱える、すなわち西洋文化の中に機軸を置くICOMでは、決してそうではない。アジアで開催された大会は、2004年のソウル、2010年の上海に続く3ヵ国目の開催であるが、アジア美術をテーマにしたプレナリーセッションが設定されたのは、ICOM史上初めてである。ICOMがこれまで論じていたヨーロッパ中心の「世界」に対して、アジア側からの主張が、中国でも韓国でもなく、日本からなされた意義は大きい。
モデレーターはハーバード大学(アメリカ)で日本美術史の教鞭をとるユキオ・リピット氏、発表者は、ライス・エンゲルホーン博物館(ドイツ)のクリストフル・リンド氏、千葉市美術館館長・慶應義塾大学名誉教授(日本)の河合正朝氏、パワーハウス博物館の名で知られるアプライド・アート&サイエンス博物館(オーストラリア)のミンジュン・キム氏、そしてボストン美術館(アメリカ)のアン・ニシムラ・モース氏の4名である。
セッションの冒頭、リピット氏は、このセッションでの「アジア」の語は、中国・朝鮮半島・日本を中心とする「東アジア」に限定すると定義する。そして、このセッションが、「アジア」「コレクション」「博物館」をキーワードとした発表の場であり、その目的が、アジア美術をとりまく現状、問題や展望などを明示することで、立場や考え方の異なる者同士が情報を共有し、意見を交換し、議論するための基盤をつくることにあると述べた。
2. ICFA―活動範囲を広げる
リンド氏は ICOM Germanyに所属し、ICFA(International Committee for Museums and Collections of Fine Arts 美術の博物館・コレクションに関する国際委員会)のメンバー。氏は、1980年に発足したICFAが、当初は“世界の美術”を扱う委員会と謳っていたにもかかわらず、実際には、近年、西洋美術に焦点を当てた活動に特化していたこと、しかし今後は視野を再び世界へ広げ、アジアやアフリカの美術をも論じる委員会となることを述べ、ICFAへの参加を呼びかけた。確かに、京都大会でのICFAのセッションは、9月2・3日のテーマがAsian Art in Western Museums, Western Art in Asian Museumsであり、4日は、GLASS(International Committee for Museums and Glass Collection ガラスの博物館・コレクション国際委員会)、ICDAD(International Committee for Museums and Collections of Decorative Arts and Design 装飾美術・デザインの博物館・コレクション国際委員会)とによる3委員会共同開催で、テーマはThe Future of Tradition in the Arts, East and West である。ICFAに関心のある方はホームページを参照されたい。
ただ、この場で、ドイツの博物館でリンド氏自身が携わった中国美術展の経験に基づく、報告や見解を述べることはなかった。氏のここでの発表が、“Roof of Fine Arts”(美術のすべてをカバーする)国際委員会であるICFAの宣伝に終始したことは、いささか残念であった。
3. 日本美術の特徴―作品鑑賞の視点から
河合氏の発表タイトルは「日本美術の特徴―作品鑑賞の視点から―」。氏は、長年、大学で日本美術史の教育・研究に従事する傍ら、国内外で開催される日本美術展のために、作品の出陳交渉や展示に携わってきた経験をもつ。河合氏は、作品を「鑑賞する」ことに視点を置いて、鑑賞される日本美術(特に絵画)の特色や、絵画や工芸を飾る空間などに触れ、トピックは多岐に及んだ。以下、便宜的に番号を振って、内容別に述べることにする(以降の発表者も同じ)。
3-1
日本美術の特質を示す「しつらい」という語は、平安時代、9~10世紀に成立した竹取物語の中に「設」の語で登場し、室内を様々な家具、調度品や文房具で調えることを意味する。河合氏は、源氏物語絵巻の一場面を示した。室町時代になると「しつらい」は「室礼」の漢字を使い、それは貴人を迎えるフォーマルな空間の室内装飾を意味する(「座敷飾次第」「文阿弥花伝書」)。このコンセプトによれば、室内を飾る絵画や工芸の品々は、個々に独立した作品として鑑賞されるのではなく、そのアンサンブルがつくる美的空間を鑑賞するもの、あるいはその空間に鑑賞者が美を見出すものなのである。こうした日本美術の鑑賞の在り方は、ヨーロッパ美術や中国美術に比べ、個々の作品がもつ完結性や永遠性の乏しいものになる。またこの美学は、茶の美術においてより顕著である。茶室に調えた茶道具は、取り合わせの妙として客人に鑑賞されるのである。
3-2
次に、絵画鑑賞の記録として、氏は、16世紀後半の茶会記録「天王寺屋会記」中の、津田宗及による記述を挙げる。ここに、商人・茶人である宗及が、茶会の席に供された絵画のデスクリプションをしており、牧谿筆「漁村夕照図」(現:根津美術館蔵)については、絵画だけでなく、表具の軸先が撥形の象牙であることが記されている。牧谿筆「菜の絵」(現:宮内庁三の丸尚蔵館蔵)、玉澗筆「波之絵」についても、軸先の記述がある。河合氏は、掛幅の日本絵画は、表具の形や材質に至るまでが作品を構成する要素であり、それが作品として、中世以来永続的に鑑賞されてきたことを主張する。
3-3
続いて、3-1に述べた日本独特の鑑賞の在り方を、博物館の展示スペースにどう実現化するか、という実践的な課題に言及する。例に挙げたのは、アメリカ人キュレータが、動物をテーマにした展覧会(ワシントン・ナショナルギャラリー)で、素材や大きさの異なる絵画や工芸作品を展示ケース内の壁面や床上に均等に割付けた展示、もう一例は、日本人アーティストが、やはりケース内に複数の作品を配置したインスタレーション(千葉市美術館)で、ケース内の空間を床の間に見立てたように使った展示である。もちろん、後者の展示法を美学的に良しとする河合氏の見解に筆者も賛同するのだが、しかし海外の博物館の展示室のあり方からすると、かなり高いハードルに思われる。海外の博物館では、今なお、ケース内に設置したガラス棚に茶道具を並べる例を見ることが少なくないのである。
3-4
最後に、冒頭(3-1)の話題に戻り、日本美術の特質に言及する。すなわち、日本の美術は、移りゆく時と呼応して鑑賞されるものであり、時に応じて、鑑賞すべき絵画に取り替えられる。そして、50~100年のサイクルで、保存状態を確認し、修理を施すことで、脆弱な材質であるにもかかわらず、その命を長く保つことができると述べ、発表を締め括った。
3-5(3-2の補足として)
上述のように、河合氏は、牙軸のトピックに触れたのだが、時間の制約から、見解を十分に述べきらずに、次のトピックに移ったことは、きわめて残念であった。同氏の発言が、象牙問題に対する、日本美術史家としての見解であったからである。この問題について、いささかの補足をしておきたい。
絶滅が危惧される動植物の国際取引に関する条約、ワシントン条約(1973年採択、日本は1980年に批准)により、掛幅の軸先や茶入の蓋などに使われる象牙(アフリカゾウ)の輸出手続きが複雑かつ困難であることは、いうまでもない。該当する象牙をプラスチックに交換する、あるいはまた所蔵者が交換を許可しないため展覧会に出陳できない、といったケースが生じている。軸先の交換は、軸先のみならず表具の裂にも関わる、リスクをともなう作業なのである。この問題に対して河合氏は、美術史学の立場から、近世識者の目と手による鑑賞の記録を示し、「軸材を交換することは、作品の重大な美的改変である」と明言したことは重要である。海外で開催される展覧会に作品を届けることを優先するために、所蔵者や学芸員は現行の規定に従わねばならないのだが、しかし、決してこの状況に甘んじているわけではない、と河合氏は指摘したかったのではないか。問題解決の道は険しく、時間を要する。しかし、日本の博物館、研究者、関係機関などが、諦めずに声を上げるべきであることを、この発言は喚起してくれたのである。
4. 欧米博物館のアジア美術―限られたコレクションを活かす
キム氏の発表は、前半に、韓国から海外に向けた調査・研究・人材育成の事例を挙げ、後半はパワーハウス博物館でのアジア美術展の事例報告である。
4-1
韓国側の事業として挙げたのは、コリア・ファンデーションが主催するKorean Art Workshop(1999~2017年)。これは、各国の韓国美術(あるいはアジア美術)を担当するキュレータを対象に毎年開催された、韓国美術のジャンルやテーマに基づくレクチャーと見学からなる、約10日間のプログラムである。参加者は、自館での韓国美術の展示、アーティストや研究者の招聘など、韓国美術部門の現実的な活動に繋がるリサーチ・ソースを得ることができ、韓国側は、韓国文化の国際的活動を支援、促進することができる。このワークショップには筆者も参加した経験がある。会期中は、韓国美術を学ぶのみならず、各国の様々な博物館のキュレータ約30名と個人的な親交を深める、またとない機会であったことを記憶している。
もうひとつは、韓国文化財研究所による、海外博物館の韓国美術品の調査活動と、報告書の公刊事業である(1992年~)。アメリカはブルックリン美術館、シアトル美術館、日本では東京国立博物館(小倉コレクション)など、海外に所蔵される韓国美術品の報告内容が、韓国内39の博物館で共有され、ウェブサイト上に公開されているという。韓国にとっては、文化財の学術調査に加え、原所在地や入手経路に関する情報を得る契機となっていることはいうまでもない。
4-2
発表の後半は、パワーハウス博物館でキム氏が企画した日本美術 Reflections of Asia: Collectors and Collections(2018年)についてである。博物館が所蔵する日本美術品は、明治期に西洋文化の影響下に制作された、いわゆる輸出工芸の品々である。キム氏の企画は、本来、西洋が異国に対する眼差しとしてのエキゾチシズムの概念を、日本が西洋に憧れるエキゾチシズムに転換し、このコンセプトをもとに、久しく展示することのなかった明治の工芸品を、“東と西のハイブリッド作品”として展観することであった。オーストラリアの地でマイノリティの立場にあるキム氏にとって、この地でアジア美術をどのように見せることが人々の関心を引くか、限られたコレクションで何を語ることができるかは、自身の存在意義に関わる命題なのである。西洋における東洋美術の展示においては、従来の文脈に基づく正統の日本美術作品展とは別に、所蔵作品の特殊性を活かしたユニークなテーマを模索する必要がある、とキム氏は述べた。筆者にとっても、この事例は、海外博物館が所蔵するコレクションの量と質、館内のポリティクスの複雑さを考えると、大いに共感できるものであった。
5. ADCの活動報告・海外だからこそできる日本美術展
ボストン美術館の日本美術担当キュレータとして、モース氏は、日本でたびたび開催されるボストン美術館展を通して、日本の博物館事情をよく知る人物である。Promoting Japanese Art and Next Generation(日本美術と、それを担う次世代の振興)と題した発表の前半は、CULCON(日米文化教育交流会議、通称カルコン)のワーキンググループであるADC(美術対話委員会)が提言・支援してきた日米文化交流事業の報告、後半は日本国外で開催された日本美術展のなかでも、近年話題となった展覧会の事例報告である。
5-1 インキュベーターとしてのADCの活動
CULCONは、両国の文化・教育の基盤や関係強化のため1961年に設立された日米両国の政府諮問委員会。ADCは、そのなかで特に美術に関する交流促進を目的として2010年に設立された、両国の専門家による会議である(注)。モース氏はADCの現在のアメリカ側議長でもある。
注)CULCON(The UnitedStates-Japan Conference on Cultural and Educational Interchange)は1961年に設立。文化・教育の基盤を向上させ、強化すること、並びに、この分野における日米の指導力の結束を強化することを目的とした二国間の諮問委員会。文化・教育・知的交流活動に関する施策案が事業として実施されるよう努め、そのために委員会やタスクフォースを設置する。そのひとつとしてADC(Arts Dialogue Committee)美術対話委員会は2010年に設置された。活動資金は、日本側事務局は外務省、国際交流基金から、アメリカは米国務省、米国務省から得ている。ADCの構成員は、日本側5名、アメリカ側7名からなる(2020年1月現在)。10年を経た2020年、CULCON分科会としてのADCの活動は終了するため、今後の体制や活動の検討が望まれている。CULCONの組織や活動に関してはこちらを参照されたい。
日本美術に携わる学芸員を対象とする日・米の交流事業には、国際交流基金が行う学芸員交流事業や、石橋財団が行う日本現代美術キュレータの招聘や、海外キュレータの日本での調査・研究をサポートするリサーチフェローシップなどがある。さらに、ADCの設立以前から、国際交流基金が継続している国際交流事業や、日本と海外の博物館レベルでのモノ(美術品)とヒト(学芸員)の交流事業を行っていることを含めれば、日本からの働きかけは多岐にわたる。ADCが現在手がけている新規プロジェクトとして、モース氏は、INJA(International Network of Japanese Art)を挙げる。これは、博物館のコレクションや学芸員、展覧会情報、研究者、修復技術など日本美術をめぐる情報共有とコミュニケーションの促進のためのバイリンガル・ウェブサイトである。2018年にURL(https://injart.org)を立ち上げ、試験運用を始めた段階にあり、今後は情報の充実、運用の拡大を考えることになる。
さらに、モース氏が簡略に名称を挙げるにとどめたプロジェクトには、国際交流基金が2016年に行った新規事業「欧米ミュージアム基盤整備支援事業」がある。説明を補足すると、これは、海外の博物館に、日本美術のコレクションの所在調査やその活用といった博物館の基盤作りが、人材や財政の不足により実施できない博物館からの申請に対し、そのための資金を最大5年間助成するものである。現在、アメリカの3館、欧州2館に支援をしている。この事業が上述した各種のプログラムと異なるのは、申請のプロセスが、博物館として日本美術部門の現状を把握し、その展望を検討する好機となることにある。
ADCの活動の成果としてモース氏が挙げたのは、JAWS(日本美術史に関する国際大学院生会議)開催のための支援である。美術史専門家を目指す大学院生(当初の対象は日米であったが、のちに世界へ拡大する)の会議は1987年以来、数年毎に、日・米・欧の開催地で資金を調達して開催されてきたが、その第10回目を日本で開催するための資金不足に瀕していた。ADCはこの開催を支援し、文化庁、鹿島財団、石橋財団からの資金を得ることで、2012年、10th JAWSは東京藝術大学で開催された。その後、2017年にはアメリカ、ハーバード大学・ボストン美術館で第11回が開催されている。
ADCはまた、日本美術(アジア美術)を担当する各国学芸員によるプログラム(公開シンポジウムとワークショップ)の開催を働きかけた。文化庁の支援により、東京国立博物館がプログラムを立ち上げたのは2014年である。以来、毎年、北米・欧州ミュージアム日本専門家による国際シンポジウムを開催し、制作や保存の現場を訪れるワークショップを継続している。
5-2 海外だからこそできる展覧会
モース氏は、近年、海外で開催されたユニークな展覧会を列挙した。古美術のジャンルでは、近世、特に浮世絵作品展が人気であることはいうまでもなく、また近年は伊藤若冲に代表される奇想の絵画も加わった。モース氏はミネアポリス美術館の「江戸ポップ:浮世絵に見るグラフィック感性の魅力」展(2011年)、現代美術で近年注目されたシアトル美術館の「束芋―うつしうつし」展(2016年)、ボストン美術館で開催された「村上隆:奇想の系譜―辻惟雄とボストン美術館のコラボレーション展」(2017年)を挙げた。さらに、モース氏は展覧会名に触れるにとどまった展覧会について、以下、若干の補足を加えて挙げることにしたい。
博物館のコレクション展示の成功例として、氏が最初に挙げたのは、ボストン美術館の「美しき日本の絵はがき展ボストン美術館所蔵ローダー・コレクション」(2004年、2012年)である。ボストン美術館に寄贈された豊富な絵はがきコレクションをもとに、1890~1940年における日本人アーティストの絵画やデザインを通覧する企画は、日本の美術愛好者や研究者の間でも話題となった。
2013年、大英博物館は、日英交流400年を記念して、それまで秘蔵していた所蔵浮世絵を中心とする展覧会「春画―日本美術における性とたのしみ」を開催した。開催前の議論や懸念をよそに、この展覧会は欧米の来館者から高い評価を受けた。その後、同展の一部を日本国内で展示する企画が立ち上がり、躊躇する博物館・美術館が多かったなかで、永青文庫(2015年)、細見美術館(2016年)の二館で開催された。日本での展覧会告知には「世界が、先に驚いた。」のキャッチフレーズが付けられていた。
一方、戦争画のジャンルは、政治的プロパガンダの側面から物議をかもし、今なおこれをテーマに掲げた展覧会の開催は難しい。その意味で、アメリカ・ノースカロライナのアックランド美術館が展覧会 Flash of Light, Fog of War: Japanese Military Prints 1894-1905(2017年)を開催したことは大きな意味をもつ。同館にも、批判的なコメントや、見解を求める声があったという。しかし、その図録をみれば、伝統的な浮世絵の技法と西洋画に学んだ写実的表現が融合した近代美術の芸術性をみることができる。モース氏が挙げた事例、特に日本ではタブーとされ、触れずにきたジャンルの作品が海外で公開されることは、よい意味での外圧となって、日本での議論を促し、公開に向けて一石を投じることになるのかもしれない。
6. おわりに
多岐にわたる報告内容であったため、聴講者の側においても、日本美術の基礎知識の深浅によって、理解度はさまざまであったと思われる。実際、ここに挙げた会議や展覧会のひとつひとつを、欧米からの参加者すべてが正しく認識したとは思えない。しかし知識をもたない者であっても、日本美術コレクションやその展覧会が各国で広く存在し、展示活動を展開している現状や、日本の働きかけにより、作品、研究、学芸員の交流や育成のための教育・交流事業が国、財団、博物館のそれぞれのレベルで実施されていることは理解されたと思う。
日本の美術史研究者から、日本美術の底流に流れる独自の美意識やそれを反映した展示が提示されたこと、その一方で、海外の博物館から、コレクションの性格を活かした展示企画の事例や、日本では開催の難しいテーマを扱った展覧会の事例が報告されたことは、日本美術の多面性、アプローチの多様性を考えさせ、日本の博物館学芸員や研究者にとっても、よい刺激になったと考える。そして筆者が評価したい点は、こうした国際的なセッションが、往々にして、自身が手がけた展覧会やプロジェクトの成功例の報告に終始しがちなのだが、今回のセッションでは、2番手以降の発表において、国内外の博物館関係者のそれぞれに注意を喚起させる要素があり、問題を提起するコメントが明確に組み込まれていたことである。政治色が介入することなく、“文化や美術の情報や課題を共有し、議論するICOM”にふさわしいプラットフォームを、このセッションが設けた意義はきわめて大きい。筆者は、そのことを素直に喜びたいと思う。
総じて、リピット氏が掲げた目的にふさわしい成果をあげたセッションであったと言ってよいだろう。これまで4度、ICOM大会の全体会議を聴講している筆者にとっては、ICOMの全体会議の会場に「源氏物語絵巻」宿木一(徳川美術館蔵)の絵画や、「天王寺屋会記」が大きく映し出されたことには、感動に近い驚きがあった。拙文ながら、この場で見聞し、感じたことを少しでも伝えられれば幸いである。
(しらはら・ゆきこ)