September 2, 2020

博物館は持続可能性を社会にもたらすか?

大阪市立自然史博物館学芸課長 佐久間 大輔

[本記事は、『博物館研究』Vol.55 別冊 (ICOM京都大会2019特集)の再録です]

未来への関与を始めた博物館

1992年に原著が書かれ、1996年に日本語訳が出された「博物館体験」(フォーク&ディアーキング1992)の冒頭に(博物館は)「最近では市民の学習の場であるとみなされるようになっている。今日ではほぼすべての博物館が教育に力を入れているが、そのようなことは過去には見られなかったことである」と書かれている。まだ30年もたっていない、そして今でも博物館教育の世界では影響力を持っている本だが、隔世の感を覚える。そのぐらい20世紀末から現在まで、博物館のあり方は大きく、急速に変化している。

博物館は「資料を中心」であった時代から「来館者重視」へと大きくシフトした。ニューミュージオロジーと呼ばれたその動きは、博物館に教育担当者を拡充させ、財務的にも少数の個人寄付から、公的な教育政策投資や企業による社会支援、より広い層からの寄付へと大きくシフトさせている。来館者重視の流れはそこでとどまらない。見るだけから参加へ、より本質的な活動も理解し支えてもらうための参画へ。そして博物館に来る人を対象にした教育だけでなく、街の中へ、学校へ、病院へ、福祉施設へと広がっていく。

言い換えれば、所蔵者など関係者をステークホルダーとして「過去」からの遺産を保全することを中心に成立した博物館は、広く市民や地方政府、企業、国家などをステークホルダーとして「現在」の社会に関わる活動を展開する教育機関となった。そして近年、残されたもう一つのステークホルダー、まだ生まれていない世代という重要な世代を重視するようになった。「未来」の社会への博物館の関与である。

ICOM京都大会2019のテーマ「Museums as Cultural Hubs:The Future of Tradition(文化をつなぐミュージアム―伝統を未来へ―)」はこうした博物館の役割拡大を背景として設定されていた。そして、大会に提出された新しい「博物館の定義」案にも色濃く反映されている。ある意味で変化の途上である日本の博物館制度を揺さぶるには十分なインパクトを持った大会だったのではないだろうか。

「持続可能な社会」は現在の社会と未来をつなぐ重要なテーマになる。未来の問題であるとともに、我々一人一人のライフスタイルの問題であり、価値観の問題であり、社会選択を伴う現在の問題であるからだ。過去を語ることに主眼を置いていた博物館にとっては、いきなりの「応用問題」でもある。

なぜ博物館で持続可能性なのか

ローマクラブが「成長の限界」を提唱して以降、「持続可能性」は地球規模の環境問題を語る上で避けて通ることのできないキーフレーズとなった。ブルントラント報告(1987)、生物多様性条約や気候変動枠組条約などを採択した平成4(1992)年のリオサミットと、持続可能な成長を模索し続けてきた。初期には無軌道な経済発展へのアンチテーゼとしての環境配慮型の経済政策提言であったが、その後のミレニアム開発目標やRio+20では、世界規模の環境問題はグローバリズムの歪みや貧困、民族問題、女性の自立と行った社会問題と一帯の問題であり、全体としての解決模索が欠かせないという観点に踏み込んだものとなった。より具体的に示したのがSustainable Development Goals(SDGs:持続可能な開発目標)であり、平成27(2015)年に国連総会で採択された。環境問題から社会的課題まで17項目にわたる目標がならぶが、「いかに複合的に同時解決を図るのか」、というアプローチが重視される。学術分野においても、SDGsの達成に向けて求められているのは、個々の研究分野での解決ではなく多分野横断(インターディシプリナリ)の多角的検討で、また学術だけでなく市民など様々なステークホルダーを巻き込んだ解決策の模索(パブリックエンゲージメント)である。Rio+20でSDGsとともに打ち出された Future Earth と呼ばれる10年間の研究プロジェクトではこの2つを包含した「トランスディシプリナリ」と呼ばれる取り組みが求められている。

筆者はここに博物館が登場する必然があると考えている。おそらく、初期の「地球環境問題」のままであれば、科学館や自然史博物館の話題にはなっても歴史系や芸術系博物館の取り組むべき課題にはならなかったのかもしれない。しかし、問題の解決のためには私達の生き方を問わなければならない、文明のあり方を再検討し、価値観を問わなければいけない、という前提のもとでは、すべての文化機関や教育機関が深く関連せざるを得ない。市民協働も博物館にはお手の物だ。

ICOM京都大会では「博物館を通じて実現する持続可能な社会」がプレナリーセッションとなった。SDGsを目指す社会の中の一員として、博物館が主要な役割を担うという決意表明にほかならない。中でも科学系博物館の担う役割は大きいと世界科学館サミットの東京プロトコルを踏まえて毛利衛氏は主張した(東京プロトコルについては林2018等を参照)。国際宇宙ステーションから見た地球を見せながら、持続可能性を語る毛利氏のプレゼンテーションは強く印象に残るものでもあった。しかし、それ以上に世界の博物館の潮流は「持続可能性」や「SDGs」を目標ではなく、活動に落とし込み始めていることを強く感じ取る機会となった。本稿ではICOM京都大会での議論を振り返りつつ課題検討を行う。


プレナリーセッション:博物館による持続可能な未来の共創
(Curating Sustainable Futures through Museums) の演題一覧(登場順)

Morien REES(ICOM持続可能性ワーキンググループ(WGS)委員長) 趣旨説明

Suay AKSOY(ICOM会長) 開会の辞

毛利 衛(日本科学未来館 館長)
“Sustainable Future Curated from Earth Observations”のタイトルで細胞、個体、人類社会、そして地球全体といったネットワーク ”TSUNAGARI”をどう意識化できるか、宇宙から地球を見た視点でSDGsを語った。

Sarah SUTTON(Sustainable Museums 代表)
Anthropocene(人新世)を前提とした SDGsへの取り組みの必要性をストレートに語り、気候変動枠組条約パリ協定へのアメリカの博物館としての引き続きの取り組みなどを語るとともに、アートとの連携など多様なアプローチを示す。

Cecilia LAM(香港中文大学 競馬会気候変動博物館 館長)
“Championing Sustainable Development in Hong Kong”の演題のもと、大学の中にそして地域コミュニティに気候変動の原因と影響の大きさをどのように伝え、行動変革をどう促すのか人材育成も含めた具体の取り組みを提示。

Bonita Alison BENNETT(ディストリクト・シックス博物館 館長)
”A Sustainable Future with District Six Museum Cape Town, South Africa”として、アパルトヘイト政策に伴う強制移住の歴史を伝える同博物館が地域と世界とをつなぎ、地域の文化的再構築と発展を担う上で「誰ひとり取り残さない」SDGsの意義を示した。

Yacy-Ara FRONER(ミナス・ジェライス連邦大学 美術学部 教授)
SDGsを「社会的な議論の場になること」「コミュニティ統合や人々の行動の変革などに関われるか」といった博物館のあり方に置き換えて議論を展開。教育、地域コミュニティとの融合、研究、構造改革の先導の必要性をアマゾンと先住民族を例に展開。

Henry MCGHIE(Curating Tomorrow創設者)
“How Can Museums Support Sustainable Development Goals”の演題で博物館のSDGsへの役割を1文化自然遺産の保全、2教育機会、3参加の機会、4持続的ツーリズム支援、5SDGsを支える研究、6組織内部に向けた指導力、7外部に向けた指導力と整理。

※これらの講演はICOM京都大会2019 YouTubeチャンネルで視聴可能。

インターディシプリナリな場としての博物館

同じ博物館の中で、文献史学研究者と動物生態学者が共存することはごく普通のことであり、大抵の博物館・美術館で学芸員の専門性は、互いに替えが効かないレベルで異なっている。それでも、一緒に協力して展示を作り、事業を行っていくのが博物館であり、その頻度や共同のレベルは大学や研究機関の比ではない。「良い博物館の活動」が、そうした違う立場の学芸員が意見をすり合わせながら良いものを作った結果なのだとしたら、博物館はまさにインターディシプリナリな活動である。また、保存と活用、研究、展示活動、教育活動など異なる活動の総体が博物館である。それぞれの活動はバラバラではなく深く関連している。専門分野のレベル、材料のレベル、活動レベルで多様なコラボレーションから、オリジナルな価値を創造する。十分な時間と資源があれば、博物館は他の機関に比べて多分野間の協調した検討に適した機関といえる。

プレナリーセッションにも登壇したH.McGhie氏(McGhie et al. 2018)は、自然史系博物館の成果が、旧来の生物学、進化研究、地質学だけでなく、生物多様性の減少や地球温暖化の問題に様々な情報をもたらすこと、政策担当者とのコミュニケーションの必要性について述べた。同じ自然科学といっても温暖化問題やその対策の政策化は自然史系博物館単独では簡単に手が出せる分野ではない。多くの分野の研究者、政策専門家との協力が必要だ。プレナリーセッションの後に、McGhie氏はNATHISTでも改めて講演を頂いたが、多くの共同研究者とともに博物館が社会課題解決型の研究に貢献できる姿を具体的に見せたと感じた。プレナリーセッションだけでなく各委員会での発表でもSTEAM教育など分野融合のものも多かった。

パブリック・エンゲージメントの場としての博物館

市民参画・市民協働の動きは、国内の博物館にとっても馴染みの風景である。ただ、そのほとんどは博物館内で行われるプロジェクトであり、社会を変革していくようなものは少ない。博物館が地域づくりの核となるためには、博物館が社会で活躍する人々に関わる存在となり、議論の場となっていく必要がある。様々なステークホルダーをふくめ地域とともに将来像を描き(Co-design)、実現していく。そのために必要な情報を提供し、地域の資料をもとに他の機関を巻き込みながら研究を進めていく(Co-production)。これらを実現できる最も近い位置に博物館はある。

博物館外での異分野協調、市民参画活動となると、難しいと思う館も多いだろう。しかし、博物館の中での展示や教育活動も、見に来る人、参加する人は外から来る。その意味では博物館の中で行う活動にもパブリック・エンゲージメントの要素がある。現在の社会に通じる課題をいかに展示の中に盛り込み、展示物を通して来館者自身に考えてもらうか。さらに、来館者との意見交換の場やコミュニティづくりも近年の博物館活動の上では重視されている。外からやって来る協力者、支援者を得て博物館を発展させるためにも、社会への視線は欠かせない。対話と連携の博物館、市民参加型博物館と呼ばれてきた活動の延長線上に、パブリック・エンゲージメントがある。

B.A.BENNETT氏が京都大会で報告した南アフリカの「ディストリクト・シックス博物館」の活動は、アパルトヘイトにより隔離された有色人種地区と言う歴史にとどまらず、地域の人権、女性の地位向上、貧困からの脱却など数多くの課題に正面から取り組んでいる、地域の課題解決に向けた博物館の姿だった。また、C.Lam氏による香港中文大学競馬会気候変動博物館の活動は、大学の中に、そして町の中に気候変動への取り組みをいかに広げ、どう一緒にすすめていくのかという活動機関としての博物館のあり方であった。これに対し、S. Sutton氏の取り組みは、市民だけでなく政策を動かす側にまで伸びていく。パリ協定から脱退する米国政府に対して文化機関、動物園、植物園のNGOとして、パリ協定の枠組みにとどまることを表明した“We Are Still In”の取り組みは、地球温暖化を基軸に博物館の前庭からアーティストとのコラボレーション展示、政策までを見事につないでいた。Sutton氏の取り組みはそれだけではない。アメリカの公立博物館の「持続可能性取り組み」の自主的な格付け認証機関を担い、American Alliance of Museums 環境と気候変動取り組みネットワークのboardメンバーを務めるなど、博物館と持続可能性を繋ぐ様々な活動を担っている(例えばBrophy2013)。ICOMの執行委員会のメンバーとなったことで、持続可能性と博物館をつなぐ活動は博物館活動の周辺域ではなく本流として位置づけられたと感じた。

大阪市立自然史博物館で開催されたオフサイトミーティングでの議論の様子。博物館が社会参加の中で新たなパートナーシップの獲得を模索する’New Partnership’のセッションと’Anthropocene’人新世というコンセプトをどのように自然史博物館の活動に導入していくのか、議論が行われた。人新世は地学分野に起源を持つ用語だが、人間活動が地球レベルで大きな影響を持つようになった現代を指し示す概念である。文明論的な意味を含めてNATHISTの2017年次大会のテーマとされ、引き続き議論されている。これらの議論も持続可能な社会づくりに深く関連している。

自然史博物館にとってのサステナビリティ

自然史博物館は温暖化やエネルギーの問題に近い科学館と同じく、生物多様性の保全に深く関わる、持続可能性に向き合うべき研究機関であり教育と交流にふさわしい場である。生物多様性課題もまた地域の農林業やまちづくりなど他の社会課題と切り離して単独で解決をはかることは難しい。NGOであり、世界自然遺産などではUNESCOなどの諮問機関を務めるIUCN(国際自然保護連合)は、取り組み項目に温暖化などとともに“Gender”(性差別)を掲げる。女性の社会参加と進出は生物多様性課題や温暖化の解決のためにも必須とスタンスを示した。また、国立青少年教育振興機構の調査によれば、家庭の年収は子供の自然体験に影響しているという(国立青少年教育振興機構2018)。子どもの貧困問題は自然史博物館の教育にとっても無視できない解決すべき課題となる。IUCNは自然保護活動の「構造転換的な変革」をめざし、動植物園との連携も進めている。ICOM−NATHISTの台北宣言などもふまえ、自然史博物館としてもその必要性を共有すべきだろう。

日本の博物館はSDGsの推進機関となれるのか

世界の博物館がSDGsに向かう中、日本の博物館はどうであろう。実際に国内の博物館がSDGsの担い手となるためにはいくつかの障壁があるだろう(佐久間2020)。

第一に、社会からの期待の醸成である。社会的課題を解決する場として、博物館の認知をすすめ、期待を高める必要がある。これまで、博物館は行政機関としてあまりにも中立を求められすぎ、社会的な課題に手を出すどころか、むしろ距離をおいてきたのではないか。しかし、博物館には歴史や自然、科学等、を客観的に評価するための資料が豊富にあり、また美術館はアーティストたちの鋭敏な時代意識が表出する場でもある。日本の博物館もまたインターディシプリナリーかつパブリック・エンゲージメントを実現できる潜在的能力を十分に持つはずである。その期待を市民が博物館に向けない限り、変わらない。

第二に、行政の位置づけである。現在の博物館法は、「国民の教育、学術及び文化の発展への寄与」を目的とする。社会の構造変革や課題解決を期待するものではなく、博物館に付与される予算、人員、権限、情報は、学術や教育に限られてくる。SDGsの担い手として博物館が活動するためには、これまでに比して圧倒的に来場者や外部の様々なステークホルダーとのコミュニケーション活動や、政策提言を含む働きかけ、アドボカシー活動を必要とする(佐久間2018)。オープンデータとしての資料活用や外部連携も含め、やはり体制強化を必要とする。予算付や人員配置、そしてその根拠となる博物館法の改正が必要となる。「新たな資源投入はない、しかし新しいミッションだけが与えられる」では博物館が壊れるばかりである。

第三に、学芸員の意識と専門性である。社会的課題を取り扱うためには自分の物差しとなる専門性と、広い視野、長期的な展望が必要になる。チームでの分業を進めるにせよ、各人の専門性をより高めることも必要になるだろう。学会などで研究分野の専門性を高めるとともに、博物館人として社会における博物館の課
題を積極的に議論し、あり方を自己定義していくミュージアム・プロフェッショナルとしての展望や規範の確立も重要な要素となる。

無理のない活動のためには無理のない体制を

前項で書いた 3つの条件は、博物館のあり方の変化に伴って海外の博物館が大きく体制を変化拡充させてきた部分と概ね一致するだろう。公的な教育の場としての博物館の役割は日本でも強く重視されてきたところだ。とはいえ、法制度的には資料の専門家である学芸員制度のみが担保されている状況である。多様な役割を担うためには制度的な変革も必要だろう。同時に財政的な基盤をどう広げるか。社会の変化に合わせ博物館も変わらなければならない。しかし逆説的だが体制の変化のためには、変えてはならない使命をはっきりとさせることが重要でもある。

ICOM京都大会でみせつけられたのは、「博物館の社会的価値の増大」がすでにスローガンや目標の段階ではなく、多くの実践を伴って評価され、少なくとも欧米の中では議論となり価値共有や検証が進んでいることであった。単に先進的な実践があることの何歩も先に行っている。新しい「博物館の定義」草案はそうした活動実績の基盤の上にある(佐久間2020)。

ICOMで先進的な活動を示した各博物館はシンプルに自らの使命を追求し、実行可能な仕組みを作っていた。無理な活動をしているわけではない、使命や実践に合わせた組織を作り上げている。使命を見つめ直し、社会との対話をし、様々なステークホルダーとの対話をすすめていくこと、そして多くの博物館と連帯すること。基本に忠実に改革を進めているということをまずは見習いたい。日本の社会と欧米は違うとしても、日本社会に今の博物館制度が完全に適合しているとは言い難い。現在の日本の社会に適合し、未来を語る博物館になるため、すでにある実践例をどのように日本に移植し、実装することができるか。ヒントはたくさんある。持続可能な社会のために必要不可欠な社会的装置として博物館を再設計することは、博物館自身を持続可能なものにするために欠かせない活動だろう。

(さくま・だいすけ)

[引用文献]
フォークJH・ディアーキングLD 著,高橋順一 訳.1996.『博物館体験:学芸員のための視点』雄山閣出版

林 浩二(2018)「メヘレン宣言」と「東京プロトコル」をどう活かすか~科学館・科学博物館の社会的役割~.全国科学博物館協議会第25回研究発表大会要旨集71-77

国立青少年教育振興機構(2018)子供の頃の体験がはぐくむ力とその成果に関する調査研究報告書

McGhie H., Mander S., Underhill R.(2018)Engaging People with Climate Change Through Museums. In:Leal Filho W. et al.(eds)Handbook of Climate Change Communication:Vol. 3. Climate Change Management. Springer

佐久間大輔(2018)共生の時代のアウトリーチとアドボカシー:生態学コミュニケーターの担うもの.日本生態学会誌68(3), 223-232

佐久間大輔(2020)新しい博物館定義(MDPP)と自然史博物館の将来の機能.全国科学博物館協議会第27回研究発表大会資料集.67-72

Sarah S. Brophy(2013)The Green Museum:A Primer on Environmental Practice., 2nd ed. 320pp.