July 19, 2022

最終段階のICOM博物館定義見直し

[2022.7.19]

栗原 祐司
京都国立博物館副館長・ICOM日本委員会副委員長

[博物館研究 2022年6月号 Vol.57 No.6(No.649)に、筆者が一部加筆]

ICOM規約に定めるMuseumの定義の見直しについては、博物館研究昨年6月号(Vol.56 No.6)で既報のとおり、ICOM京都大会で採決が持ち越された後、改めて検討を行う特別委員会として ICOM Define(Standing Committee for the Museum Definition)が2020年12月に発足した。ICOM Defineでは、今年8月20~27日に開催予定のICOMプラハ大会での新たな定義案の採決に向けて、18か月の間に12のStep(段階)と4回のConsultation(協議)による方法論を提案した。スケジュール的には、2020年12月にスタートし、2022年8月に終了することが予定されている。

ICOM日本委員会における検討

まずConsultation 1でICOM Define がICOM京都大会の議論の総括を行い、続いてConsultation 2では、各国内・国際委員会等に対し、新たな博物館定義に対する最大20のキーワードまたはコンセプト(アイディア、単語、フレーズ等)の提案募集が行われた。 ICOM日本委員会では、昨年2月9日に会員向けに意見募集を行った結果、100件以上の意見が寄せられた。これを受けて、筆者及び福野明子(国際基督教大学湯浅八郎記念館館長代理)の両副委員長を中心に、東自由里理事(京都外国語大学教授)及び半田昌之事務局長(日本博物館協会専務理事)並びに井上由佳(明治大学准教授)、松田陽(東京大学准教授)の両氏を加えたワーキング・チームにおいて検討を行い、再度アンケート調査を実施した上でオンラインによるオープン・フォーラムを開催した。最終的に20件を確定し、理事会の承認を得た上でICOM本部に送信した。昨年6月17日にオンラインで開始された第89回ICOM諮問会議における報告によれば、30%以上の国内・国際委員会等から支持があったのは、以下の21 termsであった(多い順)。

Research, Conservation/Preservation, Heritage, Education/didactic, Inclusive, Collection, Display/exhibit, Non-profit, Open to society/public, Community/society, Sustainability, Tangible & intangible, Accessibility, Service to society, Culture/cultural, Diversity, Communication, Institution, Knowledge, Dialogue, Permanent

次にConsultation 3では、Consultation 2で各委員会から支持された127 termsを博物館の機能や社会的価値等を含む7つのdimension(側面)のいずれかを表す用語に整理され、7つのカテゴリーごとに、改めて適切であると思われるtermへの投票を行うよう各国内、国際委員会に依頼がなされた。ICOM日本委員会では、昨年8月17日にこれに関する動画をYouTubeで公開するとともに、意見募集のためのGoogleフォームのURLを会員に送付した。前述のワーキング・チームにおいて、会員からの意見を集約・分析した上で、9月25日にオープン・フォーラムを開催し、参加者のみで再度アンケート調査を行い、下記の回答案を取りまとめた。その後、理事会の承認を得た上でICOM本部に送信した。


問1.博物館のEntity(実体)を表すのに、最もふさわしいと思う用語を1つ選択してください。
(回答)Institution

問2 博物館の Entity qualifier (実体の修飾語句)を最もよく表していると思う用語を最大5つ選択してください。
(回答)Open to the public, Non-profit, Permanent, Inclusive, Socially responsible

問3 博物館のObject/Subject(対象/主題)を表すのに最も適切だと思う用語を最大5つ選択してください。
(回答)Heritage, Collection, Culture / cultural, Tangible & Intangible, Memory

問4 博物館のAction / Function(活動/機能)を表す最も適切であると思う用語を最大6つ選択してください。
(回答)Researches, Conserves, Collects, Displays / Exhibits, Preserves, Communicates

問5 博物館でのExperience(体験)を表す、最も適切だと思う用語を最大5つ選択してください。
(回答)Education, Dialogue, Enjoyment / Entertainment, Knowledge, Wellbeing

問6 博物館のSocial Values(社会的価値)を表すのに最も適切であると思う用語を最大6つ選択してください。
(回答)Inclusivity, Accessibility, Sustainability, Service to society, Diversity, Future

問7 博物館は誰のために活動するのか、またその関係性のあり方を表すのに、最も適切だと思う用語を最大4つ選択してください。
(回答)Public / open to the public, Community / Society, Participatory, Humanity

なお、参加者からは、多数決による決定であることは理解するが、多様性の観点から、様々な意見があったことを伝えてほしいという意見や、専門家だけではなくオーディエンス、利用者の立場からも聞いてほしいという意見が出された。

さらに、この結果を受けたConsultation 4では、ICOM Defineが取りまとめた5つの案に対する各国内・国際委員会等のランキングの提出が求められ、ICOM日本委員会では前述のワーキング・チームにおいて分析・検討を行った上で、今年3月18日に会員宛てに意見募集を行った。その結果、36件の回答(うち有効回答34件)があり、4月6日にオンラインで意見交換会を開催した。これを踏まえ、ICOM日本委員会としては、下記のProposal 2を最優先順位とし、Proposal 1のみに記述のあった「critical thinking」を盛り込むようコメントすることで合意を得、理事会の承認を得た上でICOM本部に送信した。

PROPOSAL 2
A museum is a permanent, not-for-profit institution, accessible to the public and of service to society. It collects, conserves, interprets and exhibits, tangible, intangible, cultural and natural heritage in a professional, ethical, and sustainable manner for research, education, reflection and enjoyment. It communicates in an inclusive, diversified, and participatory way with communities and the public.

4月6日の意見交換会では、英語話者ではない者にとってはなかなか判断が難しいところがあり、回答率が低かったのはやむを得ないという意見や、「critical thinking」は「批判的」と訳されることがあるが、「複眼思考」のように捉えることが重要であること、「sustainable」や「diversity」、「reflection」が盛り込まれていることが重要であること、Proposal 2のみに盛り込まれた「interpret」は、ICOM京都大会で提示された案にもあったが、ぜひ盛り込むべき、という意見があった。このほか、他の案に盛り込まれていた「the benefit of society」は国によって異なるため適切ではないというような意見も寄せられた。

ICOMプラハ大会に向けて

5月5日に開催されたICOM諮問会議の臨時会合において、Consultation 4の結果が報告された。同会合の資料によれば、各国内・国際委員会等の意見は、ICOM日本委員会が最優先順位としたProposal 2を最優先とするものが最も多く(85委員会中26)、次いで優先順位の高かったProposal 3をそれぞれ修正した案が、改めてPROPOSAL A及びPROPOSAL B(下記)として提示された。また、「critical thinking」、「reflection」を盛りこむべきとする意見が11委員会から出され、Proposal 2を選んだ理由として9委員会が「interpret」があることを挙げていることを考えると、ほぼICOM日本委員会が提出した意見は、国際的な動向に沿ったものであることが見て取れよう。

PROPOSAL A
A museum is a permanent, not-for-profit institution, accessible to the public and of service to society. It researches, collects, conserves, interprets and exhibits tangible and intangible cultural and natural heritage in a professional, ethical and sustainable manner for education, reflection and enjoyment. It operates and communicates in inclusive, diverse and participatory ways with communities and the public.

PROPOSAL B
A museum is a not-for-profit, permanent institution in the service of society that researches, collects, conserves, interprets and exhibits tangible and intangible heritage. Open to the public, accessible and inclusive, museums foster diversity and sustainability. They operate and communicate ethically, professionally and with the participation of communities, offering varied experiences for education, enjoyment, reflection and knowledge sharing.

上記A、Bのいずれかを各国内・国際委員会等が投票を行い、これがステップ11ということになる。5月20日の諮問会議においてその結果が報告されたが、PROPOSAL Aが51票、PROPOSAL Bが52票という僅差であった。この結果を分析した上で、いよいよICOMプラハ大会において、最後のステップ12として投票が行われる。

翻って日本では、本年4月15日に博物館法の一部改正がなされたが、博物館の定義(第2条)は設置者要件以外改正されていない。ICOM規約に定めるMuseumの定義の見直しに伴い、今後改めて日本の博物館法制を再検討することも求められよう。

(くりはら・ゆうじ)