September 6, 2020

博物館と地域発展 ―OECD/ICOM『文化と地域発展:最大限の成果を求めて』を読み解く

摂南大学経済学部教授 後藤和子

[本記事は、『博物館研究』Vol.55 別冊 (ICOM京都大会2019特集)の再録です]

1.はじめに

ICOM京都大会のテーマは、「Museums as cultural hubs:The future of tradition」(文化をつなぐミュージアム-伝統を未来へ)であった。この大会は、ミュージアムの定義の大きな変更や、持続可能な社会への貢献等、博物館の社会的役割を強調した大会であったように思う。筆者は、今回、ICOM京都大会運営委員会学術・研究チームの委員をさせていただき、また、OECD(注1)/ICOMがまとめた『文化と地域発展:最大限の成果を求めて-地方政府、コミュニティ、ミュージアム向けガイド』(以下、ガイドと書く)(注2)の日本語訳への監修をする機会もいただいた。こうした経験を踏まえ、今、博物館に何が求められているのか考えてみたい。

実は、平成28(2016)年のミラノ大会に、文化経済学のD.スロスビーが招かれ基調講演を行っている。筆者は、スロスビー教授の著書(注3)の翻訳をしたこともあり、長年にわたってご指導をいただいている。ガイドには、文化経済学や、近年、国際連合貿易開発会議(UNCTAD)が提唱するクリエイティブ・エコノミー(注4)の影響が随所にみられる。おそらく、博物館関係者には、あまり馴染みのない話かもしれないので、そうした背景にも触れつつ、ICOMとOECDとの共同でパネルディスカッションが開催された意義や、ガイドの内容、今後の課題と展望等について述べてみたい。

2.パネルディスカッション「博物館と地域発展」の意味

「博物館と地域発展」のパネルディスカッションは、9月4日(水)に行われた。最も印象的だったのは、このパネルディスカッションの土台となるガイドで、博物館が、地域発展の核となるように、博物館だけでなく地方政府が何をなすべきか、博物館の効果を最大限に引き出すために、地方政府とコミュニティ、博物館がどのように連携すべきかが示されたことである。それに沿って、京都市長やOECD起業・中小企業・地域と都市センター局長等が登壇した。登壇者は以下の通りである。

モデレーター:
Dorota FOLGA-JANUSZEWSKA ヤン3世宮殿博物館(ワルシャワ・ヴィラヌフ)副館長
Joana Sousa MONTEIRO リスボン博物館長、ICOM CAMOC委員長

スピーカー:
門川大作 京都市長
Lamia KAMAL-CHAOUI OECD起業・中小企業・地域と都市センター局長
Peter KELLER ICOM事務局長
Luis Orlando REPETTO MALAGA 教皇庁立カトリック大学リバ・アエグロ研究所美術・大衆伝統博物館長 ICOMペルー副委員長

パネルディスカッションでは、市長やOECD関係者を交え、ミュージアムが、文化だけでなく、経済的・社会的にも地域発展の核となり得ること、それを実現するための博物館・地域コミュニティ・地方政府の役割や連携が議論された。

こうした議論は、今大会で集中的に議論された博物館定義の変更を提案するMDPP(The Museum Definition, Prospects and Potentials: 博物館の定義、見通しと可能性常設委員会)の認識とも通じるところがある。MDPPの提案書は、「博物館は独立した主権を有する自由な機関ではなく、複数の経済と政治上の意図、国家建造や国家アイデンティティの形成、都市再生と地方の再活性化、そして、言うまでもなく、このところ顕著になっている観光市場によって形成され、これらに根深く組み込まれている」という認識を述べている(注5)。

こうした博物館の位置づけは、従来の博物館の定義である「博物館とは、社会とその発展に貢献するため、有形、無形の人類の遺産とその環境を、教育、研究、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示する公衆に開かれた非営利の常設機関である」という定義より、はるかに大きな役割を博物館が果たしつつあることを示唆する。

令和2(2020)年1月に開催された「ICOM京都大会2019報告会兼ワークショップ」で、ICOM博物館定義の再考に関するプレナリー・セッションの報告をした五月女賢司氏(吹田市立博物館)は、「現行の博物館定義は、博物館の機能面におおむね限定した内容になっているが、新しい定義案は、博物館の社会的役割や、国際的な課題に対してどうアプローチするのか等を強調し、役割についての記述がかなりボリューム感のあるものになっている」と述べている。ガイドにも、保存・保護・研究活動をミュージアムの主要機能と位置づけ、それを支援し機能を強化すると書かれているので、今までの機能を強化し、より大きな役割を果たせるように、博物館と地方政府の連携を強めていくと解釈するのが適切だと思われる。

パネルディスカッションのテーマである「博物館と地域発展」に話を戻すと、21世紀になり、ミュージアムが都市や地方の再生に大きな効果を持つことが、広く知られるようになった。実際に、平成9(1997)年にスペイン・ビルバオに開館したビルバオ・グッゲンハイム美術館は、鉄鋼業からサービス産業への転換によって都市再生を図るビルバオのアイコン(象徴)となった。日本でも、大原美術館が倉敷のまちづくりと密接に関わり、直島の地中美術館や豊島の豊島美術館等は、瀬戸内芸術祭とともに瀬戸内海エリア再生に大きな役割を果たしている。ICOM大会が開催された京都でも、文化遺産は、新たな創造を刺激し、先端企業を引き付け、観光客を魅了する重要な資源であることはいうまでもない。

3.OECDとの共同の意義-『文化と地域発展:最大限の成果を求めて』を読み解く

(1)博物館を地方政府の重要課題に-高位政府機関との連携

次に、ICOMがOECDと共同で作成した『文化と地域発展:最大限の成果を求めて-地方政府、コミュニティ、ミュージアム向けガイド』(以下、ガイドと書く)の背景や内容について、みていく。ICOMは、この10年間、現代社会におけるミュージアムの価値を高めるため、高位政府機関との提携を強化してきた。UNESCOから、平成27(2015)年に出された「ミュージアムとコレクションの保存活用、その多様性と社会における役割に関する勧告」は、そうした提携の1つで、今回のガイドの礎ともなっている。より簡潔にいえば、ICOMは、博物館に関する問題が、地方政府における周辺的問題ではなく、上位の問題として、そのアジェンダ(検討課題)に位置づけられるよう働きかけてきたといえる。UNESCOとの連携は、博物館を文化のハブにするために有効であろうし、OECDとの連携は、博物館の経済的社会的重要性を示す意味がある。

(2)博物館を重要課題とするために必要なもの-エビデンス、地方政府との連携

しかし、いくら高位の政府機関と連携しても、実際に博物館が地方政府の上位課題に位置づけられ、政策として実行されなくては意味がない。そのためには、①博物館が、文化的、経済的、社会的に効果が大きいというエビデンス(根拠)を示すこと、②地方政府、コミュニティ、博物館が、それぞれ何を行うべきか、また、3者がどのように連携するのかを具体的かつ明瞭に示す必要がある。こうした課題に応えているのが、このガイドである。このガイドは、また、成功事例にも触れながら、地方政府が博物館を支援し、活用するためのアイデアや具体的行動を示しているので、地方自治体の政策担当者にも、ぜひ読んでいただきたいと思う。

ガイドの序文には、都市や地方のアジェンダにとって、文化の重要性は増すばかりであること、OECDは、そのエビデンスを示すために、文化と地域発展、文化と雇用創出、文化と観光、文化と社会的包摂の関係性を示すデータと根拠をまとめる作業に入ったと書かれている。ガイドの前書きには、ミュージアムや文化遺産は、創造性を刺激し、文化の多様性を広げ、地域経済を活性化し、観光客を誘致して収益をもたらすこと、また、ミュージアムや文化遺産があることで、社会的な結束、市民の社会参画、健康や幸福につながることを示す証拠も増えていると書かれている。

こうした指摘は、教育基本法-社会教育法-博物館法という法体系の中で実施されてきた日本の博物館関係の方々には、違和感を持って受け止められるかもしれない。博物館の経済効果を強調したようにも読めるガイド冒頭の書きぶりに対しては、博物館は政府の支援を受けるべき機関ではないのかという疑問もあるかもしれない。また、上記OECDの主張は、1960年代に始まった文化経済学研究からみれば、今の時点で厳密に実証することが難しい主張も含まれているように思う。しかし、大筋では、文化の経済的・社会的効果が注目されるようになっているといえるだろう。

ミュージアムが地域発展にもたらす様々な効果をエビデンスとともに示すのは、実は、ミュージアムの資金を政府や民間から引き出すためでもある。上記の経済効果もその1つであり、ミュージアムに投資(補助ではなく投資)をすれば、その何倍ものリターンが、様々な経路を経由して地域に返ってくるということを示せば、厳しい財政の中でも文化予算の優先順位を上げることができるというロジックに基づいている。

1960年代以降、文化活動は、製造業等と比較して生産性が低く非採算性ではあるが、社会的に重要な意義があるため政府が支援すべきであるというロジックが主流であった。そして、こうした文化活動は、利潤の最大化ではなく、ミッション(使命)の最大化を目指す非営利組織が担うのが望ましいとされた。しかし、文化は、その効果を目に見える形で示すのが難しく、財政がひっ迫すると真っ先に削減の対象となること、更に、芸術団体の赤字を補填するような補助金は必ずしも消費者のためにはならないという批判もあった。そこで、より強固なロジックとして登場したのが、文化に投資すると、その何倍もの効果が都市や地域にもたらされるというものである。

次に、博物館を地方政府の上位課題に位置づけるために必要な①博物館の文化的、経済的、社会的効果とは何か、②地方政府、コミュニティ、博物館の連携のあり方、について具体的にみていく。

(3)博物館の文化的、経済的、社会的効果
(3)-1 博物館の文化的効果-創造性、文化多様性、持続可能性
博物館は文化施設であるから、文化的価値を持つことはいうまでもない。ミラノ大会で基調講演を行ったD.スロスビーも、美術館は、文化的価値と経済的価値を持つと述べている。スロスビーは、更に、文化的価値と経済的価値を生み出す「文化資本」という概念を導入し、持続可能性の議論へとつないでいく(注6)。文化資本には2種類の形態がある。1つは、建物や土地、絵画や彫刻のような芸術作品、工芸品等の有形物である。2つめは、無形で、集団によって共有される観念や慣習等である。無形文化遺産や知的財産等も、無形の文化資本といえるだろう。

ガイドでは、博物館の文化的価値という言い方はしていないが、博物館が創造性や文化多様性を促進すると述べている。ICOM京都大会で基調講演を行った蔡國強氏は、自身がいかに美術館からインスピレーションを得て、新たな作品をつくってきたかを語った。つまり、ミュージアムがいかに創造性を促進するのか、そのエビデンスを示してくれた訳である。

文化多様性に関して博物館が大きな役割を果たしているのは、いうまでもないだろう。今回の大会では、更に、持続可能性が重要なテーマとなり、「博物館による持続可能な未来の共創」というプレナリー・セッションも行われた。そこでは、気候変動やSDGsに関して博物館が果たす役割等が議論された。基調講演においても、写真家のサルガド氏が、地球の酸素供給源であるアマゾンの森林と先住民を保護するために、アマゾン全域をカバーするアーカイブを作成し、それらをミュージアムで観てもらうことが、人々にアマゾンの存在意義を知らせ、行動を起こしてもらうために必要だと述べた。

しかし、博物館の文化的価値が、どのように持続可能性と関連するのかという点においては、議論が十分になされたとはいえない。ガイドでも、この点はあまり触れられていないように思うが、事例として、イタリア・サルディーニャ島のマモイアーダ地中海仮面博物館が、地域やコミュニティ固有の文化的信条や伝統の有形表現を集めることにより、地元住民のその地域に対する認識を変えることができ、住民の流出を食い止めたことが紹介されている。文化遺産等の文化資本からサービスを取り出すだけでは、文化資本は枯渇してしまう。文化資本を維持するためには、文化資本への再投資が必要である。博物館は、文化遺産を収集し、保存し、研究することで再投資を行い、文化資本の持続可能性に貢献しているといえる。

(3)-2 博物館の経済的効果
OECDが最も関心を持っていることの1つが、文化の経済効果を説明することであろう。博物館の活動も、舞台芸術の上演も文化産業とみなすことができる。その理由は、以下の通りである(注7)。

・芸術活動も、種々の資材や道具を用いて、労働が投入され、作品が産出されるという、投入産出活動である。文化産業は、文化資本(文化施設等の有形資本と、ノウハウや組織等の無形資本)と芸術的労働、資材、技術などを投入し、文化的財やサービスを産出する活動である。
・創作活動によって作られた作品は、多くの場合、市場で販売され価格がつく。
・複製技術の発展により、音楽や映像、出版等は、すでに産業化している。
・文化活動は地域経済にとって重要な意味を持つ。博物館は、上記に該当しないと思われる方もいるかもしれないが、博物館でも投入産出活動は行われる。また、美術館は美術作品を市場価格で購入する。著名な美術館は、多くの観光客を引き付け、その地域の観光や地域経済に大きな効果を及ぼす。そのため、博物館の活動も、ある種の文化産業であるとみなすことができる。

ガイドでは、博物館の経済的効果を多面的に分析しているが、その背後には、文化の経済的効果という大きな文脈があることを忘れてはならないだろう。製造業の衰退によって空洞化しつつあった都市を再生するにあたり、ミュージアムや文化が都市をブランド化し、優秀な人材を引きつけてサービス産業を発展させた事例が注目されるようになって久しい。最近では、文化観光(文化を主目的とした観光)が、所得の高い旅行者を引きつけ、滞在日数や消費額の点で効果が大きいことが分かってきた。

こうした博物館の経済効果の第1は、経済波及効果である。博物館を訪問する人々が、博物館やその周辺で消費をすれば、それが産業連関を通じて、他の産業に波及し、所得の増加に貢献する。更に、博物館や関連イベントは雇用を生み出す。こうした効果を最大限に引き出すためには、来館者の数を増やす必要がある。地方政府は、博物館へのアクセスを改善し、また、多様な来館者にとってより魅力的な場を提供するために、現地の様々な文化施設と調整を行う必要がある。

博物館を観光戦略に組み込むことも、来館者の増加に効果的である。ガイドでは、博物館を地方の観光開発に組み込むための工夫が、具体的に提案されている。地方政府は、博物館を国際的な場でPRし、博物館や交通費、他の文化活動を組み合わせたパッケージを作る等の戦略を練る必要がある。観光客だけでなく、住民のためのパスポートを作り、博物館に対し、博物館の開館日や開館時間をニーズに合わせて調整するインセンティブを与え、観光業者、ホテル、レストラン等との調整を促進するのも、地方政府の役割である。

近年、日本でも観光振興のためにDMO(Destination Management Organization)が組織され始めた。JTB総合研究所は、DMOを、観光物件、自然、食、芸術・芸能、風習、風俗など当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域づくりを行う法人のことであると説明する(注8)。観光庁によるDMOの定義は、「地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに、地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人」である。DMOの中に博物館を位置づけるのも、博物館を観光戦略に組み込む方法の1つである。

博物館の経済効果の第2は、博物館が創造性やイノベーションを促進する効果である。ガイドは、博物館が知識のハブとして機能し、新たな商品やサービスの研究、創作、デザインをサポートできると指摘する。そのためには、博物館が、企業、大学、研究機関等をつなぐハブとなることが必要である。しかし、こうしたことは博物館だけが努力するのではなく、むしろ、地方政府が、地元の生産者、職人、工芸家、デザイナー、中小企業、起業家等に働きかけなくてはならない。

博物館の経済効果の第3は、都市開発に対する効果である。ガイドは、博物館が都市の魅力を高め、都市のブランド化に寄与すること、博物館が創造的地区の中心となり、経済の多様化や雇用を通じて、新しい収入を生み出すと述べている。注目すべきは、ガイドが都市の博物館だけでなく、農村の小さな博物館にも言及していることである。農村部の博物館は、経営資源や人材を揃えるのが難しく、開館時間が制限される等の様々な課題を抱えている。主要な観光名所がない農村部の博物館は、博物館の管理業務の共同維持や、共通の展示会主催、ボランティアの活用、情報技術の活用、著名な博物館とのネットワークの構築等によって、地域発展に効果を発揮する可能性があるという。ガイドでは、上記3つの経済的効果に関して、具体的な分析手法も紹介されている。

(3)-3 博物館の社会的効果

ガイドは、博物館の社会的効果について、体験を通した教育による効果に加え、社会包摂や健康、幸福感を高める効果を挙げる。地方政府が、博物館への来館を促す工夫をすることで、これらの効果がより大きくなる。社会包摂の効果を発揮するためには、博物館が、ホームレスや受刑者、高齢者等の社会から孤立した人々のニーズに応えるためのプログラムを他の団体と一緒に作成する等の工夫が必要である。ガイドは、事例として、ルーブル美術館やモントリオール美術館が、刑務所当局と連携して、犯罪からの更生のためのワークショップを開催していることを挙げる。収監者と協力し、刑務所を舞台として、ルーブルの名作の複製を用いた展示会を開催する等の意欲的な取り組みも紹介されている。地方政府は、博物館と、他の関連する社会的機関とをつなぐ役割を担うことができる。

博物館と健康や幸福との関連も、実証的に解明されつつあり、北欧の研究では、定期的な文化参加により平均寿命が延びるという効果が検証されているという。また、単に寿命というだけではなく、博物館は、生活の質や幸福感にも影響を及ぼす。

4.今後の課題と展望-問われる地方政府、博物館の役割

以上、OECDとICOMが共同でまとめたガイドを中心に、その意義を述べた。博物館は、文化、経済、社会のハブとなり得るというのが、このガイドのメッセージである。それを実現するためには、より多くの政府資金、民間資金が必要であり、ガイドはそれを引き出すためのエビデンスを示すとともに、地方政府や博物館の行動指針を示している。

しかし、ガイドは、従来の博物館の機能を否定するものではなく、むしろ、保全・保存・研究活動という中心機能の強化を謳っている。限られた財政の中で機能を強化するためには、同じ地域で活動する複数のミュージアムでリソースを共有する等の工夫や、地方政府の役割も重要である。地方政府は、地域の博物館同士で資源を共有するインセンティブや、博物館同士で共通サービスを生み出すインセンティブを与えることができる。また、地方の小さな博物館を支援するために、ボランティアのコストを一部負担し、博物館のボランティア活動を盛んにするのも地方政府の役割である。

ガイドは、博物館の経済効果を強調してはいるが、その弊害にも言及している点は評価できる。弊害の第1は、ジェントリフィケーションである。都市のブランド化や観光地化により、地価や賃貸料が高騰し、芸術家や創造的な職種の人たちが流出することに警鐘を鳴らす。弊害の第2は、博物館の来場者が、観光客に偏ることである。ガイドは、地元住民と旅行者のバランスを考慮する必要性を唱え、博物館が、地域コミュニティと旅行者の出会いの場となることが望ましいと説く。そのため、地方政府は、地域住民に対し、博物館への来館を促すだけでなく、寄贈者やボランティアとしての参加を働きかける必要がある。

ガイドと日本の現状を照らし合わせた時、何が課題となるだろうか。日本では、国際観光旅客税を財源として、インバウンドを増やす取り組みが勢いを増している。政府は、令和元(2019)年12月に、博物館や美術館といった文化施設を活用した観光振興に向け、交通アクセスの改善などを通じて各地域を包括支援する新法案を今年の通常国会に提出する方針を固めた。自治体や経済団体などが計画を作成し、国が支援する先進地域を、令和2年度には25カ所程度選定する予定である。

こうした勢いが、博物館の機能を強化し、博物館が最大限の文化的、経済的、社会的効果を発揮するためには、地方政府が博物館を上位の検討課題に位置づけ支援する必要がある。博物館の側も地域コミュニティとの結びつきを強め、企業、大学、健康や福祉等の分野ともネットワークを構築する必要があるのではないだろうか。当ガイドの内容が地方自治体や博物館関係者に共有され、博物館が大きく飛躍する契機となることを願う。

(ごとう・かずこ)


  1. OECDとは、Organization for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構のことである。
  2. OECD/ICOM(2019)Culture and local development: Maximizing the impact-Guide for local governments, communities and museums,日本語版は、『文化と地域発展:最大限の成果を求めて-地方政府、コミュニティ、ミュージアム向けガイド』
  3. Throsby, D.(2001)Economics and culture, Cambridge university press(中谷武雄・後藤和子監訳『文化経済学入門』(2002)日本経済新聞社Throsby.D.(2010)The economics of cultural policy, Cambridge university press(後藤和子・阪本崇監訳(2014)『文化政策の経済学』ミネルヴァ書房
  4. UNCTADは、2008年以降、Creative economy reportを刊行している。最新は、2019年のCreative economy outlook である。https://unctad.org/en/pages/publications/Creative-Economy-Report-(Series).aspx(2020年1月19日確認)
  5. 博物館の定義に関する日本語訳は、以下を参照した。
    https://www.j-muse.or.jp/02program/pdf/MDPPteigenwayaku.pdf(2020年1月19日確認)
  6. Throsby, D.(2001)/中谷武雄・後藤和子監訳(2002)前掲書
  7. 後藤和子・勝浦正樹編著(2019)『文化経済学』有斐閣を参照。
  8. https://www.tourism.jp/tourism-database/glossary/dmo/(2020年1月19日確認)